2016-12-17 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 紀州人・熊野人気質 司馬遼太郎は、髙田屋嘉兵衛を描いた小説「菜の花の沖」の中で、大阪ー江戸の太平洋航路の中継港として栄えた新宮港(池田港)について書いており、同時に、新宮人の気概についても次のように触れています。 熊野炭は、江 […]
2016-12-11 / 最終更新日時 : 2023-06-17 Tony 文化と歴史 和歌山・千葉両県に共通する地名 房総半島に「勝浦」や「白浜」という地名を見つけると、懐かしく思う関東在住の紀州人は多いと思います。和歌山・千葉両県の海岸地方には同一の地名がたくさんあります。 これは、ただの偶然の一致ではなく、千葉県と和歌山との歴史上の […]
2016-12-10 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 銚子市と紀州 今日も紀州漁民の足跡を残す銚子市 銚子市は現在人口75000人、魚の町、漁港の町、醤油の町です。平成17年度に銚子漁港に水揚げされた魚の数量は215,071トンで日本一でした。金額では約704億円で13位です。数量が1位 […]
2016-11-20 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 イワシ漁の発展は綿にあり! 木綿が輸入から国産化に 古代から、日本人の衣服や寝具の材料は、貴族は絹、庶民は麻などであり、今日普通に使われている木綿が普及したのは、16世紀の後半になってからでした。麻などの繊維は丈夫でしたが肌触りが悪く保温力がないこ […]
2016-11-19 / 最終更新日時 : 2023-08-01 Tony 文化と歴史 西宮久助の漂流 弘治元年(1555年)のある日、九十九里浜の沖は昨夜までの嵐でまだうねりが高かった。折からの暴風雨で流されたと思われる一隻の難破船が剃金浦に漂着した。そして、たった一人生き残っていた男によると、彼は西宮久助といい、漁に出 […]
2016-11-17 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 ペリーより早く日本に寄港した米国船があった! 寛政3年(1791)4月4日、アメリカの商船レディ・ワシントンとグレイス号の2隻が、紀州の大島樫野浦に寄港した。ペリー提督が来航する62年も前である。 紀州藩の記録では、アメリア船は中国との交易船で、たまたま風浪に遭って […]
2016-11-14 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 弁慶は紀州田辺の出身だった? 「判官びいき」という言葉があるように、世に源義経ファンは多い。その義経を語る時に忘れてならないのが武蔵坊弁慶だ。弁慶は、歌舞伎「勧進帳」などでは源義経に付き従う知勇に優れた忠節なる法師として登場する。いったい武蔵坊弁慶と […]
2016-11-13 / 最終更新日時 : 2023-08-11 Tony 文化と歴史 漁法と共に紀州から房総に伝わった方言 徳川宗賢・W・Aグロータース編「方言地理学図集 (1976年)」によると、紀州も房総も共通に洗濯をセンダクと濁って発音し、唐辛子をトウガラシ、またはトンガラシと、薬指をベニサシイビまたはベニツケユビと言います。 江戸時代 […]
2016-11-01 / 最終更新日時 : 2023-08-01 Tony 文化と歴史 熊野三山と熊野古道 熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社をいう。紀伊山地は神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられていた。その結果、山岳修行の舞台となり、山岳霊場とそこに至る参詣道が生まれ、日本の宗教・文 […]
2016-10-31 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 紀州生まれの知の巨人~南方熊楠 天才か奇人かー。和歌山県が生んだ多くの逸材の中で、南方熊楠ほど評価が大きく分かれる人はいない。世界的な大博物学者、歩く百科事典、日本粘菌学の父、自然環境保護運動のパイオニアと持ち上げる人もいれば、「一風変わった在野の研究 […]
2016-10-28 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 房総半島と紀州との関係? 小さい頃、地図を見て千葉県の房総半島にも「勝浦」や「白浜」があると不思議に思ったことがあった。白い浜はどこにでもあるだろうから同じ地名が全国にいくつあってもおかしくはないと思っていた。では勝浦は?その後、「昔、紀州の人が […]
2016-10-27 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 かつお節考②~鰹節を発明した男 かつお節について、かつお節考①ルーツは熊野だった!でその起源が熊野であったことをお伝えしましたが、最初に発明したのは甚太郎という人物でした。 かつお節は大量に獲れた鰹の保存方法として考え出されたものです。寛永20年(16 […]
2016-10-26 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 源平合戦の勝敗を決めた熊野水軍! 紀伊半島は広大な海岸線を有しているが、平野部が少なく、山が直接海に入るような地形のところが多い。山がちの地形なので、物資を陸上で運ぶのは不便であり、海上輸送が重視された。 また、複雑に入り組んだリアス式海岸のところも多く […]
2016-10-25 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony グルメ・料理・酒・レシピ 紀州みかんが江戸市場を席巻した! 高校を卒業し、新宮を出てから50年間いろいろな土地に住んで暮らしたが、どこにいても毎年、故郷の母親から送られてくるのはみかんだった。オレンジの自由化以降、アメリカからはみかんとは違う味の「オレンジ」が入ってくるし、ぽんか […]
2016-10-24 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 紀州備長炭の歴史 東京の居酒屋などで焼き物を食べるとき、備長炭が使われていることがよくある。店主は「うちは備長炭を使っています」と自慢するが、こちらは紀州生まれだ、故郷の特産品が使われていることを誇りに思う。その昔、遠距離輸送のメインは海 […]
2016-10-23 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 トルコのエルトゥールル号は何故日本に来たのか? 以前、125年前に串本沖で起きたトルコ船エルトゥールル号の海難事故がきっかけで誕生した串本町トルコ文化協会のことを紹介しました。トルコといえば、アジアの西の端の国でヨーロッパとアジアを繋ぐ位置にあります。そのトルコが、何 […]
2016-10-21 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 西行は紀州出身だった!? 以前、西行について語られている落語「西行 鼓ヶ滝」があるとお伝えしましたが、歌人として名高い西行が、もともとは武士であったことは知られていても、紀州出身だったことは意外と知られていません。西行の俗名は、佐藤義清(のりきよ […]
2016-10-17 / 最終更新日時 : 2023-07-31 Tony 文化と歴史 村人を救って教科書になった~濱口梧陵 震災時にはまず生命の安全を確保すること、そのためには正確な情報を速やかに伝達することが何よりも大切だ。梧陵の沈着にして果断な行動から得られる教訓はこれに尽きるが、彼の偉業はやがてラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の知るとこ […]