銚子市と紀州

今日も紀州漁民の足跡を残す銚子市
choshi-inubosaki銚子市は現在人口75000人、魚の町、漁港の町、醤油の町です。平成17年度に銚子漁港に水揚げされた魚の数量は215,071トンで日本一でした。金額では約704億円で13位です。数量が1位なのに金額では13位というのは、水揚げされる魚が鯖、鰯、サンマなどの単価の安い魚が多く、鮪やフグなどの高額魚類が少ないためです。これは銚子が一般家庭の台所に一番繋がりの深い漁業基地の町だともいえます。

17世紀の初頭から100年あまりに亘り、紀州の漁民が心血を注いで営々と港を作り、町を開き、新しい漁具や漁法を広めた努力の足跡だと思います。当時伝えられた八手網は今はなくなり、地引き網漁は観光客相手の見せ物として、わずかに残っているだけになりました。

代わって現在華々しく活躍している漁の主役は「旋網漁」です。 銚子を基地に活躍しているこの漁は、魚群で回遊する鰯、鯖、鰺、鰹、鮪などを捕る網漁です。

漁は先頭を魚群探知機「アクデブソナー」を積んだ魚探船が魚群を探しながら進み、その後を二隻の網船が長大な網を二分して載せて接舷して走ります。現在のソナーは大変性能がよく、2000㍍以上も離れたところから、魚の種類や群れの大きさ、泳いでいる方向までが、リアルタイムで判ります。鮪などは1匹でも存在が判るほど高性能だそうです。

魚探船が魚群を発見すると、網舟は大急ぎで群れの進む前方に回ります。そこで網を下ろしながら二手に分かれて、魚群が、行く手を網で遮られて右往左往している間に、連携して網で円を描くように囲い込みます。タイミングよく網を徐々に絞って魚を集めると、運搬船が魚群を船にすくい上げて港へ運びます。魚を全部掬い終わると網を元のように巻き上げて船団は新たな魚群を求めて移動していきます。

旋網漁のほかに銚子漁港を基地にした網漁の代表に「遠洋底引き網漁(トロール漁業)」があります。この網漁は一隻または二隻の船で海底をこするように引き 網を引いて、海底に棲む魚群を捕る漁法です。一隻で引く場合は網の口が狭くならないようにオッターボードという網の口を広げる装置を引き綱の途中に付けます。この網は地引き網が基になって、それを改良したものと考えられます。

遠洋漁業というと、陸地から遠く離れた大洋でする漁と思われがちですが、遠洋というのは日本から遠く離れた海と言うことで、北部太平洋のアラスカ、北西 太平洋のカナダ、アメリカ、南アメリカのペルー、チリなど日本から遠く離れた外国の沿岸で、漁場から200海里以内の沿岸の国々に対して入漁料を払って漁をするのです。島もない大洋のただ中は、魚の餌になるプランクトンもいませんから、魚はいないのです。

八手網は使われなくなりましたが、サンマ棒受け網という敷き網は現在も大活躍しています。棒受け網は江戸時代も鰹釣りの餌にする鰯を捕っていましたが、今は漁船も大型化し、高速船はプラスチック製に、大型船は鉄鋼船に代わり、何れも強力なエンジンを搭載し、大型船は1000トンもあります。大型船は自動化が進んで乗組員も少なくて済むようになりました。

集魚灯も昔は油を燃やしていましたが今は昼のように明るい電灯に代わりました。魚群探知機は性能の違いはあるものの、どんな小型漁船にも装備されています。網の素材も第二次世界大戦後まで木綿や麻で作られていましたが、今では引っ張りにも摩擦にも極めて強く、軽くて水を吸わないので、干す必要もないナイロン糸に変わりました。

何から何まで昔とはすっかり変わりましたが、網漁の基本的な原理は昔紀州海民が伝えたものが基本になっています。

(出典:東国漁業の夜明けと紀州海民の活躍)

八咫烏

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