漁法と共に紀州から房総に伝わった方言
徳川宗賢・W・Aグロータース編「方言地理学図集 (1976年)」によると、紀州も房総も共通に洗濯をセンダクと濁って発音し、唐辛子をトウガラシ、またはトンガラシと、薬指をベニサシイビまたはベニツケユビと言います。
江戸時代に、先進的な網漁業の技術をはじめ、高級鰹節製造技術や醤油の醸造技術を惜しげもなく教える紀州人たちは、房州の人々にとって尊敬と憧れの的だったことは容易に想像できます。
新しい技術を伝える紀州人の言葉は、当時の房州の人々によって進んで吸収されていったことでしょう。つまり房州に残っている前記のような方言は、紀州人が活躍した確かな足跡と言えます。
この他にも、和歌山、千葉両県に残る同じ方言は、それぞれの県の海沿い地方だけでもたくさんあります。そんな両県共通の方言の一部を次のようにまとめてみました。
和歌山県・千葉県に残る同じ方言一覧(語彙) | ||||
両県の同じ方言 | 全国共通語 | 両県の同じ方言 | 全国共通語 | |
あい | あれ | たんびに | その都度 | |
あさっぱら | 朝 | てんこもり | やまもり | |
あし | 私 | どずく | なぐる | |
あっちゃこっちゃ | あちらこちら | どやす | なぐる | |
あてすっぽ | いい加減 | とんがらし | 唐辛子 | |
あねさ | 姉さん | どんだけ | どれだけ | |
あらいでか | あるではないか | ぬいもん | 縫い物 | |
あんなん | あんなもの | ぬくい | あたたかい | |
いがむ | ゆがむ | のお | ねえ | |
いやしんぼ | 食いしんぼ | はがい | 歯がゆい | |
いれもん | 入れ物 | ひやこい | 冷たい | |
うちら | 私たち | ふうわりい | 体裁が悪い | |
うっちゃらかす | 散らかす | ふてる | 捨てる | |
うでる | ゆでる | べにさしいび | 薬指 | |
おおきに | ありがとう | へぼくた | 下手 | |
おもたい | 重い | ほいで | それで | |
きしな | 来る途中 | ほおかい | そうかい | |
くらわす | なぐる | まどう | 弁償する | |
げん | 縁起 | ややこ | 赤ん坊 | |
こさえる | こしらえる | やらかす | しでかす | |
さぶい | 寒い | よばれる | ご馳走になる | |
ざま | 態、姿、格好 | ろくすっぽ | ろくに | |
すんな | するな | われ | お前 | |
せせこまし | うるさく。細かな | わんら | おまえら | |
せんだく | 洗濯 | みんな | 見るな | |
せわしない | 忙しい、気ぜわしい | めんどい | 面倒くさい |
もちろん、これらの語彙の全てが紀州から房総に直移入されたものとは即断できません。しかし、言葉は文化を伝えるのに欠くことの出来ない手段ですから、伝えられる側の関東の人々は拒否することなく、むしろ進んで吸収したものと考えられます。
上記のほかにも沢山あると思いますので、ご存知の方は編集部までご一報ください。
グロータース先生の講義を聞いたことがあります。神父さんでもあったと記憶しております。
何かのおり、私は、紀南、三重県南部に限っても、地域により微妙に言葉が違うと申し上げ
ました。先生はうれしそうに笑いました。でも、通じないことはないでしょう、と。
方言調査の旅では、折りたたみ自転車を持参して、自転車で回るというのが印象的でした。