2021-03-28 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(13) ・父の医学修業と新宮での開院(4) 森佐五右衛門は、明治26年5月から翌年の4月まで新宮町長を務めています。わずか1年間だけでしたが、そのことが早い目の隠居生活につながるのかもしれません。 森の隠居所は「千種葊(あん=庵 […]
2021-03-24 / 最終更新日時 : 2021-03-14 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(12) ・父の医学修業と新宮での開院(3) 豊太郎が「懐旧」の中で「和歌山の医学校」と「の」を表記しているのは、きわめて正確です。このころまだ和歌山医学校は誕生していなくて、豊太郎が卒業した年の明治15年7月「和歌山医学校」が成 […]
2021-03-20 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(11) テーマ:館長のつぶやき―佐藤春夫の少年時代 ・父の医学修業と新宮での開院(2) 順天堂医事研究会は、明治18年から起こり毎月2回の集会を持ったといいますが、明治20年1月には「順天堂医事研究会報告」第1号が出ていますから […]
2021-03-16 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(10) ・父の医学修業と新宮での開院(1) 春夫の作品「老父のはなし」(昭和8年10月「文芸春秋」)は、春夫が生まれた年、明治25年の出来事として、父から聴いた話です。1月のこととありますから、まだ春夫は誕生していません。木村元 […]
2021-03-11 / 最終更新日時 : 2024-04-11 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(9) ・父親の系譜―「懸泉堂(けんせんどう)」(5) 「自分は今はこの懸泉堂で父祖の仏に仕へて余命を過してゐるが、明治十九年から大正の十一年まで新宮で医者をしてゐたはお前も知つてのとほり。」と「老父のはなし」(昭和8年10月「 […]
2021-03-07 / 最終更新日時 : 2021-03-04 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(8) ・父親の系譜―「懸泉堂(けんせんどう)」(4) 春夫にとって「懸泉堂」は、父祖伝来の地、そこを歌った作品の代表としてまず挙げられるのは「故園晩秋の歌」です。散文詩風な表記で、文語の長歌形式を取り、短歌形式の「反歌」が添え […]
2021-03-04 / 最終更新日時 : 2021-03-26 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(7) ・父親の系譜―「懸泉堂(けんせんどう)」(3) 「砧」に描かれているのは、幕末に起こった世直しのための蜂起、天災や飢饉で困窮する庶民を見るに見かねて起こした大坂奉行与力であった大塩平八郎の乱、その余波が熊野に居る椿山の身 […]
2021-02-28 / 最終更新日時 : 2021-02-16 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(6) ・父親の系譜―「懸泉堂(けんせんどう)」(2) 豊太郎の父鏡村(有伯、又百、諱(いみな)は惟貞)は、「緘口勿言天下事 放懷且讀古人書」という詞を座右の銘にしていたと言います。「文久元年、学成りて郷に帰り未だ年久しからざる […]
2021-02-25 / 最終更新日時 : 2024-04-11 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(5) ・父親の系譜―「懸泉堂(けんせんどう)」(1) 春夫の父豊太郎が書いた「懐旧」という作品は、「蕙雨山房主人稿」と表題に記され、春夫の手によって2度刊行されています。最初は昭和8年、豊太郎の古稀の賀に際してのもので、活版で […]
2021-02-22 / 最終更新日時 : 2024-04-12 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(4) ・春夫の誕生(4) 春夫が幼年時代を回想した「わが生ひ立ち」と題した文はふたつあります。大正8年7月8月、大阪朝日夕刊に連載されたもので「幾つかの小品から成り立つ幼年小説」と副題が付されたものと、大正13年8~10月の「 […]
2021-02-19 / 最終更新日時 : 2021-02-16 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(3) ・春夫の誕生(3) 春夫の回想文などには、「火事で焼け出されて」熊野病院に転居を余儀なくされたという記述がほとんどないところから、すでに熊野病院内に転宅してから、生家が焼失したことになります。「五つまで住んでゐたその家は […]
2021-02-16 / 最終更新日時 : 2024-04-12 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(2) ・春夫の誕生(2) 明治22年の大洪水は、十津川水系の山塊が大きく崩壊、本宮神社が流され、奈良県十津川村も大被害を被って、多くの住民が北海道移住を余儀なくされた大惨事でした。未開の地であった北海道での開拓の労苦で「新十津 […]
2021-02-13 / 最終更新日時 : 2021-02-13 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(1) この度、佐藤春夫記念館館長・辻本先生の「館長のつぶやき」を熊エプに転載させていただくことになりました。普段から記念館ホームページをご覧の方にはお馴染みの記事ですが、そうでない方や見逃した方のためにここで、紹介させていただ […]
2020-12-28 / 最終更新日時 : 2023-03-08 Nishi 佐藤春夫 佐藤春夫(3)春夫と太宰治 毎年6月19日、東京都三鷹市の禅林寺で桜桃忌があり、早朝から作家・太宰治を偲ぶファンが大勢詰めかけ墓前に花や酒、サクランボなどが供えられる。「桜桃忌」は通夜の席で、生前太宰と親交のあった人達によって相談され、故人を偲ぶ宴 […]
2020-05-29 / 最終更新日時 : 2020-05-29 Nishi 佐藤春夫 佐藤春夫(2)「わんぱく時代」 前回、帰省した時に姉から一冊の文庫本をもらった。ふるさと新宮市が誇る初代名誉市民の文豪・佐藤春夫著「わんぱく時代」だ。姉は、以前から地元の文化活動などに参加しており、佐藤春夫関連の講習会や勉強会などにはいつも参加している […]
2020-05-22 / 最終更新日時 : 2020-05-22 Nishi 佐藤春夫 佐藤春夫(1)望郷詩人 佐藤春夫は、大正時代に新進作家としてデビューして以来、詩、小説、評論、随筆など多くの作品を著し、小説「田園の憂鬱」、詩「殉情詩集」で文壇での地位を確立した。芸術院会員となり、わが国の近代文学界で大きな足跡を残した結果、文 […]
2017-06-02 / 最終更新日時 : 2017-06-02 Tony 佐藤春夫 「亡友谷中安規」~佐藤春夫の追悼 (略)谷中安規ははじめ朝鮮の親もとから脱出して来て長谷川巳之吉氏の第一書房の発送係か何かに住み込んでゐた二十ばかりのころ、友人堀口大学のところで初めて出あった後、僕が彼の画才と赤貧に処して卑俗でないその生活態度とを愛して […]
2017-05-08 / 最終更新日時 : 2017-05-08 Tony 佐藤春夫 谷中安規「画人としての半生」 旬日ならずして、風の如く、当時、新築の佐藤春夫氏方にまかりいでぬ。君のくるのを待ってゐたと申されき、「苦楽」と云ふ雑誌に支那小説をかくが挿絵をかきては如何に、約一年程、連続す、さすれば君の生活も助からう、われ未熟乍ら人の […]