2026-05-10 / 最終更新日時 : 2026-04-23 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.48~和菓子屋 隠密説 歴史学者の磯田道史氏は、古文書の研究から、江戸時代の和菓子屋が隠密(隠密・間者)として機能していた可能性を下記のように指摘している。 徳川の隠密説(関の老舗・深川屋): 磯田氏が調査した古文書に、江戸時代に徳川家に仕える […]
2026-05-06 / 最終更新日時 : 2026-04-23 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.47~万古焼の発展 四日市萬古焼が 急須と土鍋で全国一の産地 になったのは、単に歴史があったからではなく、「土・技術・流通・時代の需要」この4つが奇跡的にそろったからだ。言い換えると、四日市は“急須と土鍋に最も向いた土地だった”のである。 […]
2026-05-04 / 最終更新日時 : 2026-04-23 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.46~袖壁 関宿の古い町家の多くには袖壁がある。白壁に大きく屋号を記して看板の役割を果たしている。袖壁は、関宿の町家の2階両端から突き出た壁で、隣家から火が移ってくるのを防ぐ防火のための設備で「袖うだつ」とも呼ばれ、大きな屋根を持ち […]
2026-05-03 / 最終更新日時 : 2026-04-23 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.45~万古焼の発展に果たした関宿と四日市の役割 万古焼の発展に果たした、関宿と四日市の役割 結論から言うと、関宿には「始まり」があり、四日市には「産業として発展する条件」があった。つまり、関宿は“起源の地”であり、四日市は“産地の中心”になれたという役割の違いがあった […]
2026-04-28 / 最終更新日時 : 2026-05-01 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.44~関萬古 関宿が万古焼のルーツと言われていることを現地に来て初めて知った。資料を見ると、「三重県亀山市関町で生まれた 『関萬古(せきばんこ)』は、現在よく知られている四日市の萬古焼の源流のひとつとされる焼き物で、江戸時代中期に関宿 […]
2026-04-27 / 最終更新日時 : 2026-04-22 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.43~関宿・深川屋の庵看板 老舗・深川屋の庵看板 瓦屋根付きの看板で、関宿では唯一のもの。この看板がかかる「深川屋」は関宿を代表する老舗菓子舗で、看板の両面に商われているお菓子「関の戸」の名が眩いばかりの金文字で書かれている。 「関の戸」は江戸時代 […]
2026-04-26 / 最終更新日時 : 2026-04-23 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.42~和菓子の老舗・深川屋は隠密だった!? 三重県亀山市、旧東海道の関宿に店を構える「深川屋」。看板商品の銘菓「関の戸」は、370年以上の歴史を誇る名品だが、その歴代店主には「服部半蔵の流れを汲む忍(隠密)だった」という非常に興味深い説がある。 この説が単なる噂 […]
2026-04-20 / 最終更新日時 : 2026-04-21 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅.41~亀山城主 関盛信 関盛信は、伊勢国亀山城の城主として、戦国末期から豊臣政権期にかけて亀山を支配した武将であり、伊勢街道・東海道・参宮交通の要衝・亀山を実務的に統治した人物である。派手な武功で名を残すタイプではなかったが、亀山城と城下町を実 […]
2026-04-19 / 最終更新日時 : 2026-05-09 Tony グルメ・料理・酒・レシピ 伊勢街道巡り旅40.~銘菓「関の戸」 三重県亀山市・関宿 の銘菓 「関の戸」 は、東海道の宿場町として栄えた関宿を代表する和菓子で、やわらかな求肥餅の中に滑らかなこし餡を包み、表面に和三盆糖をまぶした餅菓子である。素朴ながら上品な甘さで、400年以上愛され続 […]
2026-04-17 / 最終更新日時 : 2026-04-15 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅39.~「関の山」 「関の山(せきのやま)」という言葉の語源は、江戸時代に東海道の宿場町、三重県亀山市の「関町」で行われていた関宿祇園夏まつりの「山車(やま)」に由来する。この祭りで曳き出される山車が狭い東海道の道筋を通る様が、これで限度い […]
2026-04-15 / 最終更新日時 : 2026-04-14 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅38.~亀山城 伊勢街道旅の最中に、伊勢別街道というものもあることを知り、その関係で関宿にどうしても行きたくなった。関宿と亀山城は近く、セットにすると効率よく回れるのでこの時に当然、亀山城へも行くことを決めていた。亀山城は厳密に言うと伊 […]
2026-04-14 / 最終更新日時 : 2026-04-14 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅37.~関宿 昨年始めた伊勢街道巡り旅の最初の訪問地は、桑名の七里の渡し跡だった。ここには、伊勢国の東の入口ということで「伊勢国一の鳥居」があった。その時、「一の鳥居」と呼ばれるところがもう一か所あると紹介されていたのが、「関宿東の鳥 […]
2026-04-10 / 最終更新日時 : 2026-04-03 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅36 ~筒井定次 筒井定次(つつい さだつぐ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけて活躍した武将・大名で、伊賀上野城を築いた人物として知られています。 養父である筒井順慶のイメージや、その後の改易といった結末から、歴史上では「暗愚」あるい […]
2026-04-01 / 最終更新日時 : 2026-03-31 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅35 ~田丸城主・北畠親房 北畠親房は、南北朝時代を代表する公家であり、軍事指導者、そして歴史書『神皇正統記』の著者としても知られる多才な人物。伊勢国(現在の三重県)を拠点とした北畠氏の重鎮として、田丸城との関わりも非常に深いものがある。 1 […]
2026-03-26 / 最終更新日時 : 2026-03-25 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅34 ~松坂城主・蒲生氏郷 蒲生氏郷は、戦国武将・大名・城下町建設者・キリシタン・文化人という複数の顔を併せ持つ、言わば、戦国時代が生んだ「総合プロデューサー型大名」、きわめて完成度の高い人物である。 蒲生氏郷は、 1. 基本情報 生没年 1556 […]
2026-02-23 / 最終更新日時 : 2026-02-19 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅33.~忍者屋敷 今回、三度目の伊勢街道巡り旅で、田丸城、松阪城、伊賀上野城と廻ることができ、充実した旅となった。一泊二日という強行軍でもあったので、お城以外のところへ行くかどうかは時間の余裕次第と考えていた。 伊賀と言えば忍者の里と誰も […]
2026-02-22 / 最終更新日時 : 2026-02-19 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅32.~芭蕉 昨年、伊勢街道巡り旅を始めたときに、芭蕉が、近くの伊賀上野出身だと聞いていたのでいずれ詳しく知りたいと思っていた。今回、伊賀上野城を訪れるにあたりそれが実現できることになり嬉しい限りである。 お城をたっぷりと見学した後、 […]
2026-02-17 / 最終更新日時 : 2026-02-21 Tony 伊勢街道巡り旅 伊勢街道巡り旅31.~伊賀上野城 歴史的背景 伊賀上野城は、天正13年(1585)、豊臣秀吉に仕えた筒井定次が、平楽寺・薬師寺のあった台地に築いた近世城郭が始まりだ。三層の天守を備えた威厳ある城で、伊賀支配の拠点として整備された。 関ヶ原の戦いの際、 […]