2022-07-27 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき〜「佐藤春夫の少年時代」49 復刊「はまゆふ」とその挫折 徐福墓畔邸の記述が、上京後の大正時代の春夫に及んで長くなりましたが、ここで春夫や奥栄一の新宮中学時代に戻ります。 和貝夕潮(彦太郎)が新宮中学を卒業するのは明治40年3月、直後に新宮男子高等小 […]
2022-07-14 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(48) 下村悦夫と富ノ澤麟太郎 (二) 横光利一も翌年「富ノ澤の死の真相」(「文藝春秋」2月号)を書いて、自分の誤解であった旨の発言をし、非を詫びていますが、このことについて春夫の側には当時弁明めいた発言は皆無であるものの、春夫 […]
2022-07-06 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(47) 下村悦夫と富ノ澤麟太郎(一) もう少し大正13年の徐福墓畔と春夫らの文学仲間の存在を追ってみます。 人家が増え、新開地になるにつれて、徐福の墓の境内は一時わずかに30坪ほどになったといいますが、大正5年に熊野地青年会の幹 […]
2022-06-30 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(46) 思索の場としての徐福墓畔(二) 春夫に「恋し鳥の記」(大正14年7月「女性」)と題した文章があります。新開地となった徐福墓畔、徐福町と名づけられた辺の変わりように、はなはだ辛辣な目を向けています。 明治42年「軽便(けい […]
2022-06-22 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(45) 思索の場としての徐福墓畔(一) 熊野の地で方士徐福が「徐福さん」と慕われ始めたのは何時の頃からでしょうか。とにかく「徐福の墓」があるのは、熊野新宮だけだということで、観光の目玉の一つになっていて、いまではJR新宮駅前には […]
2022-06-16 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(44) 先輩・中村楠雄のことほか すでに触れたように、前回紹介した写真の主のひとりの中村楠雄は、春夫にとっては「お下(しも)屋敷」の、大前俊子の姉の家の集まり仲間。先輩の「優等生」というところ。やがて大前俊子を妻として迎えるので […]
2022-06-09 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(43) 春夫の「自我意識」の象徴―「佐藤春夫殿下小伝」 ここで、落第した春夫の、以後の新宮中学生活に戻ってみます。 明治41年3月21日、新宮中学校内で茶話会形式での謝恩会が開かれ、23日には第3回卒業式が挙行されました。30名 […]
2022-05-27 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(42) 明治39年の与謝野寛らの来訪 第1次「はま(浜)ゆふ」は、現在7号(明治39年1月)以降しか残されていなくて、21号で終刊したようですが、17号からは、西村伊作の王子ケ浜風景の画が表紙を飾り、裏表紙にも伊作の別々の挿絵が […]
2022-04-15 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(41) 「俳句」から「短歌」へ―熊野新宮の文化状況の変遷 文学に関心を示す若い学徒たちにとっては、春夫が「僕は短歌から出発した」と常に口にしていたということは、当時の新宮の「文化状況」を考えてみることによって、その意味を納得する […]
2022-03-30 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(40) 春夫の沖野作品への違和 沖野岩三郎の「自転車」と言う作品には、春夫は否定的でした。父親宛ての書簡(推定年・大正7年と全集では採られているが、内容を勘案すれば大正6年が正しい・8月2日)で、この作品には人間が描かれていない […]
2022-03-18 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(39) 沖野岩三郎、春夫の家族を描いた短編「自転車」 明治9年に日高郡寒川(そうかわ)村(現日高川町)に生まれた沖野岩三郎が、明治学院で学んだ後、キリスト教新宮教会牧師として赴任してくるのは、明治40年6月、約1年前、夏期伝道で […]
2022-03-11 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(38) 奥栄一との交友(二) 後年、春夫は「悪女礼讃」という文章(昭和33年5月「婦人画報」・全集未収録・「熊野誌」60号で紹介)で、まず悪女の定義の難しさを手始めに、「悪女とは強烈な個性に生きる婦人」とし、「本当に生きる彼女ら […]
2022-02-24 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(37) 奥栄一との交友(一) 春夫に「落第祝福」という一文があります(「婦人公論」昭和2年3月号)。 「恐怖といふものはそれを予想する時に一層大きい。つまり不安である。私は全くその予想的恐怖―不安なしに落第してしまつた。(中略) […]
2022-02-19 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(36) 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(36) 「反骨少年」の誕生―3年次での落第 春夫は「詩文半世紀」の中で、「落第に逆効果があって、わたくしは嘘から出たまことのように、本当に文学者になってやるぞという気になって来た。 […]
2022-01-09 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(35) 初恋の人、大前俊子との出会い(四) 春夫に「猶太(ゆだや)なる大工の子より我が街の瀬戸物屋なるかの子恋しき」(明治43年2月「スバル」)の和歌があるように、これまでは年譜的にも俊子は陶器店の娘とだけ把握されることが多かっ […]
2022-01-03 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき34~佐藤春夫の少年時代(34) 初恋の人、大前俊子との出会い(三) 春夫の両親が熊野病院の3号室への入室を禁止したのは、肺結核の感染を恐れての事でした。最初は肋膜炎であったものが、やがて肺結核に進行したものだろうと、春夫は推測していますが、「忘れ難き人 […]
2021-12-30 / 最終更新日時 : 2024-04-11 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(33) 初恋の人、大前俊子との出会い(二) 佐藤春夫と小学校以来の同級生で新宮中学へも一緒に通い、春夫の新たに発見された日記にもしばしば登場する玉置徐歩(じょぶ・大石誠之助の兄玉置酉久の3男)は、「佐藤との昔話し」(「熊野誌」1 […]
2021-12-23 / 最終更新日時 : 2024-04-19 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(32) 初恋の人、大前俊子との出会い(一) 春夫にとって女性に興味を抱き始める思春期―「南国生まれのわたくしははなはだ早熟であった。そうして色情と詩情とはほとんど同時に知った。思うに、この二つは根本では全く同質のものではないだ […]