城を学ぶ②石垣(その1)石の加工程度による分類

「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、あだは敵なり」
武田信玄の言葉である。その意味の解説は省略するが、城を語るときに「石垣」を避けては通れない。全国に数ある城について語るときにも、必ず石垣についての解説がある。石垣を簡単に説明した次のような文がある。

【石垣】
土居の表面に石を積んで覆ったもの。はじめは単なる土止めであったが、土居の上に門・櫓・塀などを築くようになり、石垣が多用されるようになった。ごぼう積み、亀甲積み、野面積み、算木積みなどいろいろな積み方があった。
(出典:「日本の城ハンドブック」 歴史ファンのための古城・名城事典(三省堂))

石垣の石は、石垣の出隅に積まれる隅石(角石・すみいし)と法面に積まれる築石(つきいし)や平石(ひらいし)で構成される。底の部分の石のことを根石(ねいし)といい、最上部に据える石のことを天端石(てんばいし)という

盛り土または既存の斜面に段状の切り目を施し(切り土)、底にあたる根元に溝を掘って(根切り)根石を置き並べ、砂利や割栗石という小さく砕いた石を積み石と斜面の間に詰めながら(裏込〈うらごめ〉)石を積み重ねる。地盤が弱い場合は、根切り部分に松材の杭を打ち丸太を並べる梯子胴木(はしごどうぎ)という基礎を敷いた

松材は、水中に沈めておくとほとんど腐敗せず長持ちするため、梯子胴木は主に水に接する石垣の基礎に用いられた。築石や平石の裏込石側(尻側)には介石を添えて角度を決める。尻側が上がっている石を逆石といい滑りやすく孕みの原因となる。

観光でどこかの城を見物したことのある方はご存知だろうが、石垣の組み方にはいろいろな方法がある。

石の加工程度による分類 石垣は、加工程度によって、野面積み・打ち込み接ぎ・切り込み接ぎの3つに分けられる。「接ぎ(はぎ)」とは、つなぎ合わせるという意味である。野面積みが最も古い年代に現れた積み方で、次に打込み接ぎ、切込み接ぎの順であるが、切込み接ぎの石垣が現れた以降も野面積みの石垣が見られることもある
野面積み(のづらづみ) 自然石をそのまま積み上げる方法である。加工せずに積み上げただけなので石の形に統一性がなく、石同士がかみ合っていない。そのため隙間や出っ張りができ、敵に登られやすいという欠点があったが排水性に優れており頑丈である。技術的に初期の石積法で、鎌倉時代末期に現れ、本格的に用いられたのは16世紀の戦国時代のことである。野面積みの一種として穴太積み(あのうづみ)があげられるが、穴太積みは穴太衆が手掛けた石垣であって、特に野面積みの一種をいうものではない。穴太衆の技術の高さを誇示する為に江戸後期以降用いられた呼称である。
打込み接ぎ(うちこみはぎ) 表面に出る石の角や面をたたき、平たくし石同士の接合面に隙間を減らして積み上げる方法である。関ヶ原の戦以後、この手法が盛んに用いられた。野面積みより高く、急な勾配が可能になる。
切込み接ぎ(きりこみはぎ) 方形に整形した石材を密着させ、積み上げる方法である。慶長5年(1600年)以降、隅石の加工から徐々に平石にまでわたるようになり、江戸時代初期(元和期)以降に多用されるようになった。石材同士が密着しているので排水できないため排水口が設けられる。

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