がんを考える⑫~友とがんを語れるか?
がんを患って闘病中の人と健康な人が、がんについてまともに語れるだろうか?これは実際、難しい問題である。この時にいう「語る」とは「心を通じ合わせて語る」、「お互いの気持ちを心底理解し合える」という意味である。
医師からはっきりとがんを宣告された者同士なら、あるいは、一度でもがんに罹り治療した経験がある者同士なら話はできるだろう。しかし、がんとは無縁な者が実際にがん患者と話ができるかどうかは非常に難しいと思う。
このことは、自分自身が、最近、「がんに無縁な者」の立場から「宣告された者」の立場に変わるという経験をしてそう思うようになった。つまり、がんを宣告された時のあの何とも言いようのない、頭の中が真っ白になるような虚ろな気持ちを経験したかどうかが分かれ目なのだ。
がんを宣告されて、死というものを身近に感じている人間にとっては、健康な人のどんな慰めの言葉も虚ろに聞こえるものだ。そして、健康な人はがん患者に対して気を使い、どんな言葉を選んでかければいいのかと迷う。その人のやさしさや気遣いが分からない訳ではない。しかし、がんは家族や友人の暖かい慰めの気持ちでさえ理解できない人間に変えてしまうような特殊な病いなのかもしれない。
がんを宣告されると、これまで歩いてきた人生の何年間かを走馬灯のように思い出したり、自分がいなくなった後の家族はどうするだろうと考えてしまうものだ。そして、何故自分ががんに罹らなければいけないのか、何故自分なのかと、その不幸を恨むことにもなりかねない。
少し前に長年の友人ががんで帰らぬ人となった。現役で忙しく仕事をしているときでも時々会ってお互いの息災を確かめ合っていた。彼が職を変えたことで忙しくなかなか時間がとれないようになってしばらく間隔が開いた。彼の仕事が順調でこれまでになく張り切っていることは風のうわさで知っていた。
訃報を聞いたのは会わなくなって暫く経った時だった。マスコミに追いかけられるほど多忙にしていたのでこちらから声をかけることは遠慮していたが、彼の方から連絡がないのも忙しさ故であろうと思っていた。何故連絡をくれなかったのか。いつも元気な姿しか見せたことがなかった彼は自分の病気について言いたくなかったのだろうか。
私は訃報を聞くまで彼のがんのことを知らされていなかった。それまではたびたび連絡があったのに急に連絡がなくなったのは、今から思うと、たとえ友人であっても家族以外の人には言いたくなかったのかもしれない。小学生の時から何となく気が合って、この歳まで50年以上の付き合いで大抵のことは話しあってきた間柄なのに。
最後に会った時に少しだけ痩せたとは思ったが、あの時すでに罹患していたのだろうか。胃が痛いとか、腰が悪いとかなら何も気にせず友人に話せるのに、がんだけは別物なのか。どうしても言えなかったのだろうか。もし、立場が逆で、彼が元気で自分ががんを宣告されていたのだとしたら、彼に告げただろうか。何とも言えない。
がんを宣告されて手術後の予測がつかない不安な状況であったら、やはり言えなかったかもしれない。しかし、今になって思う。経験した、一度は宣告された、自分だからこそ言うべきだと思う。ただ、そう思うのは、そう言えるのは、がんの手術を終えて一応の回復をしている今の私だからこそかもしれない。
でも、友人には言ってほしかった。期限があるなら、期限が切られているのならもっとしたい話が山ほどあった。突然の訃報はつらい。今思い出しても悔しい。残りの人生は友と語る時間をできるだけ増やして過ごしたいと思っていたから。「友でいてくれてありがとう」と言いたかったから。
私は、これまでとは考えを変えて、自分のがんを公表することにした。理由は別に書いたが、残りの人生で友と語る時間を増やしたいと思うからでもある。もちろん、がんといってもいろいろなケースがあって、一概には言えないことは承知しているつもりだ。治るがん、治らないがん、人さまざまでその苦しみは到底他人には理解しにくい。
がんに罹って気落ちして、友にも連絡せず、一人寂しく逝ってしまっていいのか。それはあまりにも寂しいのではないか。一度しかない人生だ。楽しく生きても寂しく生きても人生は一度きりだ。同じ人生なら楽しく生きたい。限りがあっても生きている間は楽しく生きていたいものだ。
最近、がんという病いが増えたと言われることがあるが、はたしてそうだろうか。食べ物が変わったことをその理由に挙げる人もいるが、昔からがんは蔓延っていたのではないか。ただ、それががんとわからず老死や心不全ということばで済まされていたのではないか。医療が進歩し、検査を受ける人が増えたことで統計上の数字が上がったのだと思う。
ひと昔前のように、がんとわからず亡くなった人が多かった時代はもう終わった。今は、二人に一人ががんに罹ると言われるように、がんは誰もが罹る病いだと認識すべきだ。そしてまた治せる時代にもなってきた。私たち夫婦もまだ闘病中だが、がんを恐れず、家族とも友人とも充分に語って、できるだけ笑顔を絶やさず闘っていきたいと思っている。