新宮ゆかりの文学者たち~①奥栄一宅跡

bunka-rekishi-120x90文学歴史散歩~奥栄一宅跡(大橋通4丁目1-1、現宮本石油)【地図】

奥栄一(1891-1969)は、佐藤春夫の同級生で文学仲間。詩・小説・映画批評・翻訳などを手がけたが、世に出ることはありませんでした。妻の奥むめをは戦前の婦人運動家で有名です。

奥栄一は、戦前に女性運動で活躍した奥むめおの夫として協力を惜しまなかったようです。しかし、社会運動に対する考え方が違っていたのか離婚、その後、静岡、埼玉で農場開墾に従事しました。

奥栄一は、新宮町馬町で生まれました。新宮中学時代には、佐藤春夫・下村悦男らと第二期「はまゆふ」(和貝夕潮主宰)に参加、詩・短歌などを発表。大正7年(1918年)、上京して大杉栄・大石七文・永田衡吉・西村陽吉らとともに「民衆の芸術」を創刊しました。小説「大海のほとり」などを書き、またゴーチェの「金羊毛」をはじめ「死刑囚最後の日」「大渦巻」「おしいさんの椅子」などを翻訳しました。

しかし、念願としていた文学者にはなれず、後に再婚した浜子と新宮に帰り、昭和44年(1969年)9月4日永眠しました。享年78歳でした。妻浜子との共著、詩歌集「翠の花」がありますが、いま新宮市立図書館に保管されているのが唯一の貴重本です。

わが下駄の うすれうすれてゆく秋を 何とて紀伊の母に伝えむ

古座橋に 灯がともりけり紀の海辺 くれなずみゆく町のしずけさ

(出典:熊野・新宮発「ふるさとの文化を彩った人たち」)

西  敏

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