2021-12-16 / 最終更新日時 : 2024-04-19 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき31~「佐藤春夫の少年時代」(31) 春夫の新宮中学生活あれこれ(続) この(明治38年)10月30日の坊主山(ぼうずやま・現在の王子ヶ浜小辺)に集合した授業ボイコットは、後述する明治42年10月の、新宮町を巻き込んで展開された大々的な新宮中学の同盟休校と比 […]
2021-12-09 / 最終更新日時 : 2025-05-06 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(30) 春夫の新宮中学生活あれこれ 新宮周辺で教員生活を続けた岡嶋輝夫は、新宮中学卒業後50年に当たる昭和34年4月に、私家版「五十年誌」を編んでいます。限定25部という僅少であったようですが、25名の同級生(新宮中学第4回卒) […]
2021-11-25 / 最終更新日時 : 2024-04-12 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(29) 新宮中学生の投書熱 春夫より8歳年長で明治17年生まれの和貝彦太郎(号は夕潮)は、明治40年3月に新宮中学を卒業した第2回生ですが(春夫は4回生として入学します)、中学生の投書熱について次のように述べています。和貝は春夫 […]
2021-11-20 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~28「佐藤春夫の少年時代」(28) ・春夫の新宮中学学生生活から―海外出稼ぎ子弟と通学路探索 春夫の「わんぱく時代」(昭和32年10月から翌年3月まで朝日新聞夕刊に144回に亘って連載・挿絵を和歌山市出身の画家川端龍子が担当)の「遠い学校」の章は「小学校と […]
2021-11-15 / 最終更新日時 : 2024-04-11 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(27) 春夫入学の頃の新宮中学校―「熊野大学」といわれた ようやく、春夫の新宮中学時代の記述に辿り着いた感です。新宮中学は開校してまだ間もない頃です。 和歌山県立新宮中学校(現新宮高校)が第2中学校分校(田辺)として開校したのは […]
2021-11-09 / 最終更新日時 : 2024-04-11 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(26) 日本キリスト教新宮教会のこと 春夫が姉とともに通った日曜学校は、「日本キリスト教会新宮教会」のことで、新宮の仲之町にキリスト教会堂を設立、献堂式が挙げられるのは、明治17年6月10日の事です。 大石余平らの努力によって、 […]
2021-11-05 / 最終更新日時 : 2024-04-19 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(25) 春夫の英語学習とクリスマスのこと 春夫の日記の記述で気になることのひとつに、高等小学校時代、放課で帰宅すると毎日のように英語を学びに通っていることがあります。それはキリスト教会新宮教会であったと思われ、英会話であったのか […]
2021-10-24 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(24) ・第五回内国博覧会をめぐって ここで、春夫の「日記」の記述に戻ってみれば、和歌山の高等女学校に通っていた姉保子が3月27日に帰省してきて、三輪崎港まで迎えに行っています。3時頃三輪崎に着きましたがなかなか船は入って来ず、 […]
2021-10-19 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~「佐藤春夫の少年時代」(23) ・日露戦争に鼓舞される少年 春夫の日記によれば、2月9日夕刻号外が届き、「日露開戦我軍大勝利敵艦二隻を撃沈したよ、万歳大勝利」とあります。大勝利が3度繰り返されています。翌10日は3時に学校から帰ると号外があったので見る […]
2021-10-16 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき~佐藤春夫の少年時代(22) ・春夫の高等小学校時代から新宮中学入学へ 明治36年2月11日下本町の男子高等小学校で紀元節恒例の拝賀式が行われていますが、いつもと違うのは、椿和歌山県知事の出席のもと、部長以下各地の学校長も召集されていました。知事の臨 […]
2021-10-13 / 最終更新日時 : 2024-04-12 Nishi 佐藤春夫 館長のつぶやき「佐藤春夫の少年時代」(21) 佐藤春夫の小学校時代 春夫の父親の系譜、母親の系譜などを多岐にわたって記述してきたために、なかなか春夫自身の成長する記述に辿り着けませんでした。ようやく小学校時代に辿り着けた感じです。 春夫が新宮尋常小学校(後の丹鶴小学 […]
2021-04-29 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(20) 母方の系譜と春夫の「初めての旅」(4) 実さんがアメリカへ渡ってから5、6年、ある年の暮近く、実さんから久しぶりの便りがきます。他に、「例の母の嫂(あによめ)の兄」からの便りでは、実さんは「肺病」が悪くなって日本に帰りた […]
2021-04-25 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(19) ・母方の系譜と春夫の「初めての旅」(3) 既に取り上げた長雄道二の私家版「漫筆」という冊子本に、「竹田と鈴木」と題する項があり、そこには、「吾が勝浦に小学校を創設せしは明治八年なるが、明治二十年新小学校令実施に因り勝浦小 […]
2021-04-21 / 最終更新日時 : 2026-01-09 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(18) ・母方の系譜と春夫の「初めての旅」(2) 政代の兄、竹田家の当主竹田槌五郎は、明治31年7月3日和歌山市南牛町の自宅で亡くなっています。進行性筋萎縮症を患い、死因は沈墜性肝炎でした(死亡診断書より)。安政4年3月22日の […]
2021-04-17 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(17) ・母方の系譜と春夫の「初めての旅」(1) 「甘やかされた子ども」は「いつも詩人である」、「つまり詩人をつくる為めには甘い母が必要なのだ」(「わが父わが母及びその子われ」)とされる春夫の母政代は、和歌山市湊の竹田家の出で、 […]
2021-04-13 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(16) ・父の医学修業と新宮での開院(7) 元治元年(1864)生まれで、代々太地の地の医家の息子で、勝浦で開業していた長雄道二の私家版「漫筆」(昭和9年2月)の中に、「熊野と病院」と題した次のような文があります。道二は豊太郎よ […]
2021-04-09 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(15) ・父の医学修業と新宮での開院(6) 豊太郎の新宮での開業は、かなり早い時期からの目論見であったのかもしれません。大阪遊学から東京行への望みが脚気病によって絶たれた時、そうして祖母や養父母の強い要望を容れて、明治12年4月 […]
2021-04-05 / 最終更新日時 : 2022-08-29 Tony 佐藤春夫 館長のつぶやき―「佐藤春夫の少年時代」(14) ・父の医学修業と新宮での開院(5) 北海道はまた、農地の開墾・開拓のほかに防備の仕事をする屯田兵(とんでんへい)として、多くの士族が移住を余儀なくされた土地でもありました。 開拓使の長官であった薩摩出身の黒田清隆は、「少 […]