伊勢街道巡り旅 実録篇19. 七里の渡し跡

さて、今回は、初めての伊勢街道巡り旅で辿り着けなかった七里の渡し指す。ネットで調べたはずの目的地が見つからないという失敗を取り返す意味でも大事な旅になる。二度と間違わないように慎重に下調べをした。

七里の渡し跡
10月下旬、期待した秋晴れには恵まれなかったが、降っても小雨くらいで
旅に大きな影響はなさそうだ。名古屋勤務時代、四日市には近鉄でよく通ったが、桑名で降りた記憶はない。桑名駅に到着後、東口の駅前バス乗り場から、三重交通バスで長島温泉行きに乗車して八間通を東へ、田町でバスを降り、柿安 料亭本店の角を左折してしばらく歩くと突き当りに七里の渡し跡があった。

ここは、東海道唯一の海路で、41番目の宿場町・熱田の宮宿と42番目の
宿場町・桑名宿を結び、伊勢湾を横断する重要な交通路の拠点であった。その名称は、距離がおよそ七里(約28km)あったことに由来している。

鳥居が建てられたのは、天明年間(1781~1789 年)と考えられている。当初は、東海道を跨ぐように、道路上に建っていたと伝わっている。桑名の商人の矢田甚右衛門と大塚与六郎が発起人となり、関東地方を廻って寄付を集めて建立された。ここが伊勢国の東の入口ということで、伊勢国一の鳥居と呼ばれている。そして、式年遷宮の際には、内宮の宇治橋の入り口側の鳥居がここ「七里の渡し場跡」の鳥居として新しく生まれ変わる。

念願の七里の渡し跡の見学を無事済ませた後、鳥居の直ぐ近くの食事処・歌行燈本店で早めのランチをとることにした。歌行燈は、泉鏡花の小説「歌行燈」からその名を取ったという、元々はうどん屋だった店だ。桑名には蛤料理で有名なお店はいくつかあるようだが、今回の旅のルートには恰好な場所にあるということでここに決めていた。実は桑名在住の友人の有力な情報のおかげなのだ。

いくつかあるメニューのなかで、今日はちょっと贅沢して、蛤づくし膳を注文。絶対食べると決めていた桑名名物の蛤づくしを腹いっぱい食べて大満足して次の目的地・桑名城跡に向かう。

~つづく~

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