伊勢街道巡り旅 小耳情報8.~ひしゃく一本でお伊勢参り
ひしゃく一本で伊勢参り!
「お伊勢さん」こと伊勢神宮への参拝は、江戸時代に庶民の間で一大ブームとなった。しかし、当時の人々にとって伊勢参りは決して容易なことではなかった。長距離の移動にはお金がかかるし、身分制度も厳しく、自由に旅に出ること自体が難しい時代だった。
そんな中、「ひしゃく一本持ってさえいればお伊勢参りができた」という話が伝わっている。これは一体どういうことなのだろうか?
江戸時代の伊勢参りブーム
~「おかげ参り」と「抜け参り」~
江戸時代には、数回にわたって伊勢参りブームが起こった。特に有名なのが、寛文5年(1665年)の「おかげ参り」と、宝永2年(1705年)の「抜け参り」だ。
「おかげ参り」は、神の「おかげ」によって自然発生的に起こった集団参拝で、老若男女問わず多くの人々が伊勢神宮を目指した。一方、「抜け参り」は、奉公人や農民などが、主人や家族に内緒で伊勢参りに出かけることを指す。抜け駆けで参拝することから、そう呼ばれるようになった。
なぜ、これほどまでに伊勢参りが流行したのだろうか?その背景には、当時の社会情勢や人々の信仰心、そして伊勢神宮の魅力などが複雑に絡み合っていたようだ。
江戸時代は、身分制度が厳しく、農民や町人などの庶民は、日々の生活に追われる毎日だった。そんな中、伊勢神宮への参拝は、日々の苦労から解放される、数少ない機会だった。また、伊勢神宮は、日本人の心の故郷とも言える場所であり、多くの人々にとって憧れの場所だった。伊勢神宮に参拝することで、心の安らぎを得たいという気持ちも、伊勢参りブームを後押ししたのだ。
「ひしゃく一本」に込められた意味
~無銭旅行を可能にした助け合いの精神~
さて、「ひしゃく一本持ってさえいればお伊勢参りができた」という話だが、これは「抜け参り」の際に、路銀(旅費)のない人が、宿場や村などで施しを受けながら旅をしたことを意味している。当時の人々は、伊勢参りをする人に対して、非常に寛容だった。宿場や村では、参拝者に無料で食事や宿泊場所を提供したり、わずかなお金を恵んだりすることが当たり前のように行われていた。
「ひしゃく」は、その象徴的なアイテムだった。ひしゃくは、水飲み場などで水を飲む際に使う道具だが、これを持っていることで、「自分は伊勢参りに行く者です」ということをアピールすることができたのだ。ひしゃくを持った参拝者は、宿場や村で「お伊勢講(お伊勢参りのために組織された団体)」の人々に助けられながら、伊勢神宮を目指した。
助け合いの精神「御蔭(おかげ)」
~伊勢参りブームを支えたもの~
伊勢参りをする人を助ける行為は、「御蔭(おかげ)」と呼ばれ、善行として広く認識されていた。「御蔭」とは、神様からの恩恵という意味で、伊勢参りをする人を助けることは、神様から恩恵を受けることにつながると考えられていた。この助け合いの精神「御蔭」が、伊勢参りブームを支えた大きな要因の一つと言えるだろう。


