伊勢街道巡り旅 7.~豪商の町・松阪
伊勢街道と松阪商人
松阪は、伊勢街道沿いに位置し、江戸時代には多くの商人が活躍した町として知られている。三井家や長谷川家、小津家などがその一翼を担い、江戸の商業を支えた。松阪商人は、紀州藩の支援を受けながら江戸で商売を展開し、特に木綿や紙の取引で成功を収めた。
三井家発祥の地
三井家発祥の地は、三重県松阪市本町にある。ここは、三井グループの家祖である三井高利が生まれ育った場所であり、現在もその歴史を伝える史跡として保存されている。
三井家の歴史
三井高利は1622年(元和8年)に松阪で生まれた。祖父・三井高安はもともと近江の武士だったが、戦国時代の混乱を経て伊勢の地に移り住んだた。その後、三井家は商業に転じ、松阪で商売を営むようになった。
高利の父・三井高俊は、質屋や酒・味噌・醤油の販売を手がけ、商人としての基盤を築いた。高利は母・殊法の影響を受け商才を磨きながら成長し、後に江戸で「越後屋」を創業し、三井財閥の礎を築くこととなった。
現在の三井家発祥の地
三井家発祥地には、高利が産湯を使ったとされる井戸や、彼の祖父母・父母の五輪塔が残されている。また、第10代三井総領家当主・三井八郎衛門高棟の筆による記念碑も設置されており、三井家の歴史を感じることができる。この場所は昭和31年(1956年)に松阪市の史跡に指定され、門前には「三井家発祥地由来碑」が設置されている。但し、内部は非公開となっており、外観のみ見学可能。
松阪と三井家の関係
松阪は江戸時代に商業都市として発展し、多くの豪商が生まれた。三井家もその一つであり、松阪木綿の取引などを通じて財を築いた。江戸の粋人に好まれた藍染の松坂縞の反物は、当時人口100万人の都会・江戸で、55万反も出荷されたという。現在、松阪市内には「松阪もめん手織りセンター」など、三井家の歴史を感じられる場所が点在している。
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長谷川家発祥の地
長谷川家発祥の地は、三重県松阪市にある。江戸時代に木綿問屋として成功を収めた長谷川治郎兵衛家は、松阪商人の代表的な存在の一つである。
長谷川家の歴史
長谷川家は、1675年(延宝3年)に創業し、江戸の大伝馬町に複数の店舗を構える木綿問屋として発展した。松阪木綿の取引を通じて財を築き、江戸の商業を支える重要な役割を果たした。
旧長谷川治郎兵衛家
旧長谷川治郎兵衛家は、江戸時代から大正時代にかけて建造された邸宅で、現在は国指定重要文化財となっている。敷地内には池泉回遊式庭園があり、離れ座敷や茶室などが設けられている。庭園は三重県指定名勝にも指定されており、四季折々の風情を楽しむことができる。
伊勢街道と長谷川家
長谷川家は、紀州藩勢州奉行所跡の土地を購入し、庭園や邸宅を整備した。また、伊勢参りの旅人に対して炊き出しを行い、おにぎりや茶、草鞋などを提供するなど、地域社会に貢献した。
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小津家発祥の地
小津家発祥の地も、三重県松阪市にある。江戸時代に紙問屋として成功を収めた小津清左衛門家は、松阪商人の代表的な存在の一つである。
小津家の歴史
小津家は、江戸時代に和紙の取引で財を成した。特に江戸で「江戸店持ち伊勢商人」として成功し、紙問屋としての地位を確立した。小津清左衛門家の邸宅は、現在も松阪市に残されており、資料館として公開されている。
旧小津清左衛門家
旧小津清左衛門家は、江戸時代の豪商の邸宅として知られている。質素な外観とは裏腹に、広い屋敷内には2つの土蔵が残されており、当時の商人の暮らしぶりを感じることができる。展示品の中には「千両箱」ならぬ「万両箱」もあり、小津家の繁栄を物語っている。
松坂牛
松坂と言えば「松坂牛」、明治11年創業の老舗「和田金」を思いうかべるが、江戸時代にはまだ牛肉を食する文化はなかった。江戸で牛肉を食べる習慣が広まるのを見て松阪の商人がそこに目をつけた。最初は農耕用の牛を育て、品種改良に努め、やがては全国でも有名なブランドにまで押し上げた。江戸を頻繁に行き来する中で、流行に敏感だった松阪商人だからこそできたことだろう。
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松坂牛
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