新宮ゆかりの文学者たち~⑤杉江俊郎

杉江俊郎(1904-1979)

本名中川俊郎。新宮町下本町在住、新宮中学を卒業後、太地小学校の代用教員を務め、のちに共立女子大学の文学部教授となり、「文炎」と「どんぐり」という二つの同人誌を主宰し、そこに小説を発表しました。「村山物語」(「文炎」連載)、長編「うきくさの花」と短編小説「高田の火」(「どんぐり」掲載)を執筆、そのうちの「高田の火」が「群像」の第一回新人賞候補作品となりました。

木本小学校の教師であった俊郎の父が、いざこざから教師を辞めてからは、俊郎が一家を支えていたようです。「新紀日報」紙の木田康夫氏の回想によれば「新宮キリスト教会の礼拝に列したり米人宣教師宅におけるバイブルクラスでは主役を演じたり、他の中学たちが組しないことを彼は平気でやっていました。確か当時のクリスチャンや西村家のサロンが生みだす文化的雰囲気を誰よりも多く呼吸していたようで」とあり、当時の西村家に出入りしたことが、後年の文学作品の創作につながったことがうかがわれます。

昭和54年(1979年)4月、急性肺炎で亡くなりました。享年75歳でした。

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