滞在して文化に貢献した人たち①~赤松麟作

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赤松麟作(1878~1953)が新宮中学に美術教諭として勤めたのは、わずかに1年余(1903年(明治36年))3月から04年(明治37年)6月)でしたが、すでに代表作としての「夜汽車」を発表していました。白馬会賞を受賞したこの作品は、大阪での博覧会に展示されており、見学に訪れた新宮中学生は、初めて先生の偉大さに気づいたといいます。

赤松はその後、大阪に洋画塾をつくり、関西美術界の重鎮として多くの生徒を育てます。新宮中学時代には、直接その影響は確かめられませんが、一時画家になろうとしていた佐藤春夫や、のちにアメリカで画家として大成する太地出身の石垣栄太郎が学んでいました。

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