長嶋茂雄の野望

かつて西鉄ライオンズと大洋ホエールズを最下位から日本一に導いた名監督、三原脩さんは、長嶋がまだ現役だった73年に「勝つ」という本を上梓した。そのなかに次のようなくだりがある。

「ここ10数年間のプロ野球ブームはまったく異常であったといえる。それは巨人にONという超人級のスターが生まれ、これがこのブームをもたらしたものである。 -中略- 近い将来、ONが球場を去ることがあると思う。われわれとしては、そのときに備えて次代を背負う大スターを作り上げねばならないのは言うまでもない。 -中略- 長嶋君のように敵味方を問わず愛される大スターは今後おそらく出てこないと思うが、それだけに他日に備えて野球の面白みを増す努力をすることもたいへん必要なことになってきた。」

三原さんは誰よりもファンにアピールする野球を大事にしてきた監督だった。プロ野球人気の低落を、長嶋が最初に肌で感じたのは、昭和40年代の後半だったと思われる。 その日巨人ナインの定宿だった「竹園」のロビーにサイン帳や色紙を抱えた地元の小中学生がたむろしていのを見て、長嶋が「坊やたち、サインしてあげようか?」と持ちかけたところ、少年たちの答えは意外なものであった。「ぼくら、ここで釜本を待ってるんやもん。」 そういって天下の長嶋を無視したというのだ。当時、サッカーの釜本邦茂は全盛期で、とくに関西では人気が高かった。

「頭をガーンとやられたほどの大ショックでした。同時にこれはいかんとも思いましたね。ぼやぼやしてたら、将来プロ野球はサッカーに抜かれるってね。子どもがどんなスポーツに興味を持つかでそのスポーツの栄枯盛衰が決まっちゃいますし、もうその前兆が出ているのかもしれませんね。」と長嶋が言った。

最近の野球は手堅く勝つことが優先され、見ていてしびれるようなスリリングな試合が少なくなった。チームプレーが重視されるあまり、個と個がぶつかりあう名勝負・名シーンもめっきり減ったこともあってか、テレビ視聴率も落ち、観客動員数はジリ貧をたどりつつある。

長嶋はここ数年、メークドラマとか、ミラクル野球とかの言葉を盛んに口にする。そしてゲームでは、セオリー無視の作戦だと批判されることが多い。どうやらこれは、ファンの野球離れをほんとうに心配してのことらしい。これまでになかったようなダイナミックな野球を展開し、三原さんのやり残したスーパースターを作りあげることによって、もう一度ファンをフィールドに取り戻そう必死なのである。

プロ野球に熱風を!・・・というのが長嶋茂雄の野望なのだ。

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