「春夫詩句を拾う!!」(5)

昨秋より熊野新聞に、そしてその後、佐藤春夫記念館ブログに掲載中の、辻本館長のブログ「春夫詩句を拾う!!」を、許可を得て、当熊野エクスプレスにても連載することになりました。
どうぞお楽しみください。
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心ありてぞ
門辺(かどべ)には
好文(こうぶん)の木を植えたれば
文化の春にさきがけて
花咲き鳥も歌うべく
若人(わこうど)来たり学ぶなり

(一九五一年八月「緑丘中学校校歌」)

新宮市立緑丘中学校校歌の二番。作曲は団伊久磨(だんいくま)。「門辺」は「校門」の意。
「好文木(こうぶんぼく)」は梅の木のこと。学問を好むの意。晋(しん)の武帝が、学問すると梅の花が開き、怠(おこた)ると開かなかったという故事による。学問の神様菅原道真(すがはらみちざね)と梅の関係も思い起させる。

春夫作詞の校歌が、またひとつ消えるのはいかにも寂(さび)しい。七〇年近く前、ここを巣立った私たち一九四五年生まれは、近く「傘寿(さんじゅ)」のお祝い会を開く。中には、遠くスイスから駆けつけてくる人もいる。それぞれ戦後八〇年の長い人生を歩んできて、「好文の木」の歌詞を懐かしく、高らかに歌うことができるだろうか。まさに田園の中にたたずみ、丘の上にあった校舎を、鮮やかに思い浮かべることができるだろうか。緑丘の地名も、中学校の名から生まれたものだ。

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