山中城跡~土の城の最高傑作
昨年の三度の伊勢街道巡り旅で、桑名城、津城、田丸城、松阪城、伊賀上野城と伊勢街道沿いの城を訪れて以来、城への興味が急に大きく膨らんでいった。そんなところへ、旧友の一人から、山中城を知っているかと聞かれた。はて、今まで聞いたことがない。
三島市にある山中城跡は、後北条氏が築いた“土の城”の最高傑作とも言える山城で、障子堀・畝堀といった独特の防御構造が今も美しく残るという、日本でも貴重な史跡らしい。いつかは訪れたいと思っていたところ、早速一緒にどうかと誘われたので、めったにない良い機会と同行することにした。
寒さも和らいできた3月中旬、これまで見たことのない土の城に大きな期待を胸に出かけることにした。三島駅からバスで30分なので半日あれば十分見学できるが、考えてみるとこの地域はいつも新幹線で通過するだけであまり知らない。天気が良ければ美しい富士山が見えると聞いたので、近くの沼津とセットにして一泊二日の旅にでかけた。
山中城は、永禄年間(1558〜1570)に北条氏康が築いた山城で、小田原城を守るための西方防衛線の最重要拠点だった。標高約580mの箱根山中に位置し、急峻な地形を活かした天然の要害だ。天守や石垣を持たず、土塁と空堀を主体とした“土の城”である点が大きな特徴である。
1. 築城の目的と歴史的背景
■ 小田原城の西を守る“箱根十城”の一つ
– 北条氏の本拠・小田原城を守るため、箱根山麓に築かれた防衛網「箱根十城」の一城。
– 東海道を取り込む形で築かれ、街道を監視・制御する役割も担っていた。
■ 豊臣秀吉の小田原攻めでの激戦
1590年、秀吉の大軍(約6万8千)が山中城を攻撃。守備側は約3千。圧倒的兵力差の中、わずか半日で落城したと伝わっている。落城後は廃城となり、北条氏滅亡とともに歴史の表舞台から姿を消した。
2. 山中城の構造的特徴
山中城は、後北条氏の築城技術が色濃く残る貴重な遺構である。
■ 障子堀
堀の中に格子状の土塁を残した構造で、上から見ると“障子”のように見えることから命名。敵兵の侵入を極めて困難にする巧妙な防御施設である。
■ 畝堀
畑の畝のように細長い土塁を残した堀。敵の動きを分断し、突破を難しくする。
■ 天守なし・石垣なしの“土の城”
北条氏の城に多い、土塁・空堀を主体とした構造。石垣を使わないため、当時の姿が良好に残っている。
3. 現在の山中城跡
1934年に国の史跡に指定され、1973年からの発掘調査をもとに整備され、現在は 山中城跡公園 として公開されている。
■ 主な見どころ
● 西ノ丸・西櫓跡
御殿場・裾野方面を一望できる絶景ポイント。
● 岱崎出丸(だいざきでまる)
山中城最大の防御施設で、畝堀が美しく復元されている。
● 障子堀(西ノ丸・三ノ丸周辺)
山中城の象徴ともいえる景観。写真映え抜群。
● 箱根旧街道の石畳
東海道を取り込む形で築かれたため、旧街道の雰囲気も味わえる。
● 富士山の眺望
晴れた日は富士山が美しく見え、城跡と富士山の組み合わせは絶景。
4. 山中城跡の価値
– 後北条氏の築城技術を最もよく残す城跡
– 天守や石垣がない“土の城”の最高峰
– 戦国末期の山城の姿を立体的に体感できる
– 日本100名城にも選定(2006年)
5. 訪れる際のポイント
– 公園として整備されており散策しやすい
– 高低差があるため歩きやすい靴がおすすめ
– 春はツツジ、秋は紅葉が美しい
– 富士山が見える日は特に絶景
山中城跡は、戦国時代の山城の姿を“そのままの地形”で体感できる、全国でも稀有な場所である。
感想
石垣のない城を見るのは初めてのことだったが、さすが、「土の城の最高峰」と言われることだけあって大いに満足のいくものだった。戦国末期の山城の姿を身をもって立体的に体感できたような気がした。城の中を旧東海道が通っているのも興味深かった。
約2時間かけてほぼ全域を隈なく歩いてみた。山城だけあって、平坦なところは少なく、坂が多いので、場合によっては靴や杖などに留意した方がよさそうだ。帰りに、三島市の歴史博物館で案内ビデオを見ているうちに居眠りをしてしまったのは、思いのほか疲れていたのかもしれない。
天気が良ければ、富士山もきれいに見えたはずだったが、あいにく雲がかかっており残念ながら見えなかった。

