高尾山体験記(7)修験道

高尾山は古来より修験道の霊山として知られており、山全体が修行の場として機能してきた。現代においても、その伝統は薬王院を中心に色濃く受け継がれている。

高尾山における修験道の成立
​1. 開山と修験道の導入

  • 開山(奈良時代): 高尾山薬王院は、744年(天平16年)に聖武天皇の勅命を受けた行基菩薩(ぎょうきぼさつ)によって開山されたと伝えられています。この時点では仏教寺院としての側面が強かったと考えられる。
  • 中興と修験道の確立(鎌倉時代): 荒廃していた薬王院を、1375年(永和元年)頃に京都醍醐山の高僧、**俊源大徳が再興(中興)した。俊源大徳は、琵琶滝での厳しい修行を経て、飯縄権現の霊感を感得したと伝えられている。これ以降、高尾山は真言密教系の修験道の道場として、大きく発展した。

2. 飯縄権現信仰と修験道
​御本尊: 薬王院の現在の御本尊は、飯縄大権現です。飯縄権現は、不動明王、歓喜天、迦楼羅天、荼吉尼天、弁財天の五つの仏・神が集まった姿をしており、諸願成就の仏神とされている。

  • 不動明王との関係: 飯縄権現は、不動明王の化身とも解釈され、不動明王に準じた供養や祈祷が行われている。不動明王は、修験道において重要な本尊の一つ。
  • 天狗信仰: 飯縄権現は、白狐に乗り、剣を持つ烏天狗の姿で表されることが多く、高尾山が天狗信仰の霊山とされる根拠となっている。天狗は、山中で修行する修験者(山伏)の勇猛な姿と同一視されたり、飯縄権現の眷属(けんぞく:お使い)として信仰されている。

現代に伝わる修行
高尾山は、修験道(山伏)が深山にこもって難行苦行を重ね、霊力を得るための根本道場としての伝統を守り続けている。

  • 滝行(水行):
    • ​山中には琵琶滝(びわたき)と蛇滝(じゃたき)という二つの水行道場があり、僧侶だけでなく、一般の信徒にも門戸を開き、滝に打たれて心身を清める修行が行われている。
  • 信徒峰中修行会(しんとぶちゅうしゅぎょうかい):
    • ​年に数回、一般の人々も山伏の先達とともに山中を歩き、滝行や未明の回峰行、柴燈護摩(さいとうごま)などを実践する宿泊形式の修行会が開催されている。
  • 火渡り祭:
    • 毎年3月の第2日曜日に開催される高尾山修験道の一大行事です。山伏たちが燃え盛る炎の上を素足で歩き、無病息災や願望成就を祈る、勇壮な儀式である。
  • 護摩修行:
    • ​薬王院の大本堂では、毎日お護摩(ご祈祷)が執り行われている。これは、真言密教と修験道に伝わる重要な修行の一つで、智慧の炎で煩悩を焼き払い、願いを不動明王に届ける儀式。

​高尾山は、登山客が多く訪れる観光地でありながらも、これらの修行を通じて、今なお「心のふるさと 祈りのお山」として、修験道の教えと伝統を現代に伝え続けている。

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