「春夫詩句を拾う!!」(12)

昨秋より熊野新聞に、そしてその後、佐藤春夫記念館ブログに掲載中の、辻本館長のブログ「春夫詩句を拾う!!」を、許可を得て、当熊野エクスプレスにても連載することになりました。
どうぞお楽しみください。
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われをよぶつぶらひとみの

ミニヨンにまがひしひとは

早(はや)く世(よ)にあらずなりぬる

(一九三七年頃か「望郷曲」・『東天紅』(とうてんこう)所収)

「かがやかに照る日のもとに / たちばなの花さきしかげ」に続く。「ミニヨン」とは、ゲーテの「ウイルヘルム・マイステル」に登場する少女の名。「まがふ」は漢字を当てれば「紛う」、よく似ているの意。「つぶら瞳(ひとみ)」や「黒瞳(くろひとみ)」は、春夫が初恋の人を描く象徴。春夫初恋の人中村(旧姓大前)俊子は、一九二二年七月二日三一歳の若さで亡くなっている。だから、「照る日」「たちばな」は、眠る墓地の景。
夫の中村楠雄(くすお)は、二年前にシベリアでロシアのパルチザンの報復襲撃に遭(あ)い、日本人七百人余が殺害された「ニコラエフスク(尼港)事件」の犠牲者の一人だった。

クリスチャンであった俊子の枕辺で祈りをささげたのは、「熊本バンド」出身で新島襄(にいじまじょう)の教え子、著名な伝道者金森通倫(かなもりみちとも・石破茂前首相の外曽祖父)だった。講演会で新宮を訪れていた。金森が新宮を去った翌日の逝去だった。

 

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