三度の伊勢街道巡り旅で、桑名城、津城、田丸城、松阪城、伊賀上野城と伊勢街道沿いの城を何か所か訪れて以来、城への興味が急に大きくなっていったそんなところへ、旧友の一人から、山中城を知っているかと聞かれた。はて、今まで聞いたことがない。

三島市にある山中城跡は、後北条氏が築いた“土の城”の最高傑作とも言える山城で、障子堀・畝堀といった独特の防御構造が今も美しく残る、日本でも非貴重な史跡らしい。近々、見に行こうと思っているけど一緒にどうかと誘われたので、めったにない良い機会と同行することにした。

以下、調べたことをまとめてみた。
山中城は、永禄年間(1558〜1570)に北条氏康が築いた山城で、小田原城を守るための西方防衛線の最重要拠点だった。標高約580mの箱根山中に位置置し、急峻な地形を活かした天然の要害だ。天守や石垣を持たず、土塁と空堀を主体とした“土の城”である点が大きな特徴である。

1. 築城の目的と歴史的背景
■ 小田原城の西を守る“箱根十城”の一つ
– 北条氏の本拠・小田原城を守るため、箱根山麓に築かれた防衛網「箱根十城」の一城。
– 東海道を取り込む形で築かれ、街道を監視・制御する役割も担っていた。

■ 豊臣秀吉の小田原攻めでの激戦
1590年、秀吉の大軍(約6万8千)が山中城を攻撃。守備側は約3千。圧倒的兵力差の中、わずか半日で落城したと伝わっている。落城後は廃城となり、北条氏滅亡とともに歴史の表舞台から姿を消した。

2. 山中城の構造的特徴
山中城は、後北条氏の築城技術が色濃く残る貴重な遺構である。
■ 障子堀(しょうじぼり)
堀の中に格子状の土塁を残した構造で、上から見ると“障子”のように見えることから命名。敵兵の侵入を極めて困難にする巧妙な防御施設である。

■ 畝堀(うねぼり)
畑の畝のように細長い土塁を残した堀。敵の動きを分断し、突破を難しくしまする。

■ 天守なし・石垣なしの“土の城”
北条氏の城に多い、土塁・空堀を主体とした構造。石垣を使わないため、当時の姿が良好に残っている。

3. 現在の山中城跡
1934年に国の史跡に指定され、1973年からの発掘調査をもとに整備され、現現在は 山中城跡公園 として公開されている。

■ 主な見どころ
● 西ノ丸・西櫓跡
御殿場・裾野方面を一望できる絶景ポイント。

● 岱崎出丸(だいざきでまる)
山中城最大の防御施設で、畝堀が美しく復元されている。

● 障子堀(西ノ丸・三ノ丸周辺)
山中城の象徴ともいえる景観。写真映え抜群。

● 箱根旧街道の石畳
東海道を取り込む形で築かれたため、旧街道の雰囲気も味わえる。

● 富士山の眺望
晴れた日は富士山が美しく見え、城跡と富士山の組み合わせは絶景。

4. 山中城跡の価値
– 後北条氏の築城技術を最もよく残す城跡
– 天守や石垣がない“土の城”の最高峰
– 戦国末期の山城の姿を立体的に体感できる
– 日本100名城にも選定(2006年)

5. 訪れる際のポイント
– 公園として整備されており散策しやすい
– 高低差があるため歩きやすい靴がおすすめ
– 春はツツジ、秋は紅葉が美しい
– 富士山が見える日は特に絶景

山中城跡は、戦国時代の山城の姿を“そのままの地形”で体感できる、全国でも稀有な場所である。
周辺の歴史スポットとしては、韮山城・三嶋大社などがある。

■バス JR三島駅南口(5番バス乗り場)から約30分 東海バス(元箱根港行)「山中城跡」下車