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ふるさとのシンボル 紀伊新宮城
熊野川流域の丘地に築かれている総石垣の城 「新宮城」。 源為義の娘で後に丹鶴姫と呼ばれた「立田腹 (原) 之尼」の住まいであったことから「丹鶴城」とも呼ばれています。 丘陵東部の最高所に本丸と天守台があり、熊野灘の沖行く船を見ることができるため 「沖見城」とも呼ばれました。

元和5年(1619年)にそれまで地域を治めていた浅野氏に代わり、 紀州藩主の初代徳川頼宣の付家老である水野氏が入城。 その後10代にわたり長い統治が続き、現在の新宮市は城下町として栄えました。 城郭には港の跡を見ることができ、 技術の粋を結集した石垣からも当時の国力がうかがえます。

平成15年(2003年に)「新宮城跡附水野家墓所」として国史跡に指定。 平成29年(2017年)4月6日に日本城郭協会より 「続日本100名城」に選定されました。 今も、各所に点在する最高水準の石垣積みを一目見ようと多くの観光客が訪れるほか、憩いのスポットとしてたくさんの地元住民に愛されています。

写真:鐘ノ丸(二ノ丸) 南西側石垣(前地 翔)