伊勢神宮へお参りしたことのある人でも斎宮については、よく知っている人は少ないようだ。筆者は殆ど知らなかったので、今回の旅で少し勉強することにした。

近鉄津駅から伊勢中川を経由して小一時間乗ると斎宮駅に着く。斎宮と言う名前そのものの駅があるということは存在がいかに大きいかという証拠であろう
。下車してふと見ると10数名の年配のグループが同じ電車から降りてきた。ツアーガイドらしき人と何やら打ち合わせをしている。

いつきのみや体験館
斎宮駅のすぐ目の前に大きな案内板とともに寝殿造りをモデルとした「いつきのみや体験館」があった。ここでは、季節に合わせた講座やイベントがあり、斎宮が最も栄えた平安時代の歴史・文化・技術などを身近に体験できるそうだ。部屋の真ん中に、斎王が都から乗ってきたという輿「葱華輦
(そうかれん)」がでんと置かれ、奥の方では、平安時代の遊びのひとつ・貝合わせ「貝覆い」についての案内があった。また、別の部屋では、十二単の試着が行われていた。

斎宮跡
体験館を出ると前方に斎宮跡の広い敷地が広がっており、思わずほうーっとため息がでる。斎宮跡は、東西2㎞、南北0.7㎞の137haを占める全国屈指の規模で昭和54年に国史跡に指定された。
広場では史跡地の全体を10分の1に縮小した模型が設置され方格地割を再現している。

模型は、細かいところまで精巧に作られているようで、詳しく見たい気持ちもあるが、見てもよくわからないので、ひとまず歴史博物館にいくことにした。広い敷地の中を歩いていくと、真っ直ぐな広い道に出た。

 

復元した「古代伊勢道」と書いてあった。古代と言うことを思うと道路をここまで真っ直ぐにするということは考えにくい。宗教心というか神に対する崇敬の念が如何に大きいものであったかと感じられずにはいられない。参道を歩くような気持でまっすぐ歩いて聞くと、やがて歴史博物館の案内が見えてきた。案内板から博物館の入り口までもかなり距離があった。この時点でもう足の指先が少し痛くなっている。ようやく到着。入場料340円を支払って入館。

歴史博物館

歴史博物館は、近鉄斎宮駅から歩くと徒歩約15分。開館時間は、0930~17:00。博物館では、常設展示室がある。

まずは映像展示室で、ビデオを見ることにした。映画のようにわかりやすくまとめられており、おすすめである。

 

斎宮との出会い(約16分)
50年にわたる臨場感あふれる発掘ドキュメンタリーで謎につつまれていた斎宮のはじまりに迫る内容。

斎王群行(約18分)
長暦2年(1038)9月、良子内親王(ながこないしんのう)は斎王として京から伊勢へ旅立った。同行した貴族・藤原資房の日記「春記」をもとにして、群行と呼ばれた斎王の旅を映像として再現したもの。このときのルートは、伊勢街道への西の入り口・関宿を経由して鈴鹿峠を越える伊勢別街道である。

 

常設展示室では、斎宮跡地で発掘された、飛鳥、奈良、平安、鎌倉の各時代の土器が展示されており非常に興味深い。尚、季節によっていろいろな企画展もあるようで、興味ある方は事前に調べていくことがおすすめである。

 

斎王の森
博物館を後にして斎王の森に向かう。ここは、かつて斎王の御殿があったと伝えられる場所で、現在は斎宮跡の「シンボルゾーン」となっている。鬱蒼と木が茂る静寂とした小さな森で、神秘的な雰囲気。現在は伊勢神宮の神宮司庁が管理しいる。近鉄斎王駅から徒歩約5分。見どころは、
・黒木の鳥居     :杉の木を皮付きのまま使用した珍しい鳥居
・史蹟 斎王宮址の石碑:
・大来皇女の歌碑       :天武天皇の娘で第10代斎王だった万葉詩人の歌が刻まれている。
斎王とは

斎王(さいおう)は、伊勢神宮に奉仕するために天皇に代わって派遣された未婚の皇女である。天皇の代理として神に仕える巫女的な存在であった。天皇の即位ごとに新しい斎王が卜定(ぼくじょう=占いで)選ばれた。原則として未婚の皇女から選ばれた。天皇が退位・崩御すると、斎王も都に戻った。

 

始まりは、天武天皇の時代(7世紀後半)、制度として確立されたとされている。最初の斎王は、天武天皇の皇女・大来皇女(おおくのひめみこ)とされている。その後、飛鳥時代から南北朝時代まで約660年間続いた。最後の斎王は、:後醍醐天皇の皇女・祥子内親王(1333年)とされている。

 

斎宮とは

斎宮(さいくう)は、斎王が住んだ宮殿および居住地域のことを指す。現在の三重県多気郡明和町に、東西約2km、南北約700mという大規模な都市遺跡が残っている。建物群としては、斎王の御殿、官舎、工房、倉庫などが整備されていた。そして斎宮には、約500人もの官人や女官が暮らす一大拠点だった。

 

赴任までの過程

京都(初斎院:しょさいいん)で1年間、身を清める。嵯峨野の野宮(ののみや)で1年間、さらに潔斎した後、盛大な行列で5泊6日かけて京から斎宮へ向かう。

 

斎宮での生活

伊勢神宮の祭祀に奉仕することが主な役割であり、年間を通じて様々な神事に参加する。厳格な禁忌(仏教、肉食、死穢などを避ける)が課された。基本的に外出は制限され、神聖な存在として隔離されていた。

 

文化的、宗教的意義

斎王は、天皇家の祖先神である天照大神を祀る伊勢神宮への最高の奉仕をすることで、神と天皇を結ぶ重要な霊的存在であった。また、同時に国家の平和と繁栄を祈る役割でもあった。

 

文化・文学への影響
源氏物語の「賢木」の巻などで斎宮が登場し、物語の重要な要素となっている。
伊勢物語では、業平と斎宮の禁断の恋の物語が描かれている。

和歌文学を見ると、多くの斎王が優れた歌人として知られ、『新古今和歌集』などに作品が残されている。

 

政治的意義

皇室の権威を示す重要な制度であり、伊勢神宮の特別な地位を象徴していた。

 

文化行事
斎王まつり: 毎年6月に明和町で開催され、斎王の群行が再現される。

文化遺産 : 斎宮跡は国の史跡に指定され、保存・整備が進められている。

 

まとめ

斎王と斎宮の制度は、古代日本における皇室と神道、政治と宗教が密接に結びついた独特の文化を象徴している。約660年続いたこの制度は、日本の精神文化や文学に大きな影響を与え、現代においてもその歴史的・文化的価値が認められ、大切に継承されている。

 

今回、斎宮を訪れてみて、約660年続いた斎王と斎宮の制度が、古代日本における皇室と神道、政治と宗教が密接に結びついた独特の文化の象徴であったことが分った。

当初は約1時間の滞在予定だったが、敷地の広さと資料館の展示内容があまりにも膨大で、とても収まりきれなかったので見学時間を倍にした。そういえば、見学コースの案内では、3時間コースがあったような気がする。