苗木城は岐阜県中津川市に築かれた山城で、遠山氏の居城として戦国から江戸時代にかけて地域の政治・文化の中心を担った城です。巨岩を利用した独特の石垣や懸造りの建築法が特徴で、現在は国の史跡に指定されています。

苗木城の歴史的背景
• 築城の起源
苗木城は大永年間(1521–1528)に遠山氏によって築かれたとされます。遠山氏は東美濃を支配した有力国人で、岩村城を本拠とする本家と並び「遠山三人衆」と呼ばれました。
• 戦国時代の攻防
苗木城は織田氏と武田氏の勢力争いの最前線となり、織田信長の妹を妻に迎えた遠山直廉の縁から織田方に属しました。しかし1583年には「鬼武蔵」森長可の攻撃で落城し、森氏の支配下に入ります。
• 江戸時代の苗木藩
関ヶ原の戦い後、遠山友政が城を奪還し、以降遠山氏十二代が苗木藩主として幕末まで支配しました。苗木藩はわずか1万石の小藩で、全国でも最小規模の「城持ち藩」として知られています。
• 廃城
明治維新後の廃藩置県により、1871年(明治4年)に廃城となりました。

苗木城の文化的特徴
• 巨岩を活かした石垣
苗木城は標高432mの高森山に築かれ、自然の巨岩をそのまま石垣や城壁に利用する独特の構造を持ちます。石垣の積み方も「野面積み」「打込接ぎ」「切込接ぎ」など多様で、時代ごとの変遷が見られます。
• 懸造りの建築法
平地が少ないため、建物は岩盤に柱を直接立てる「懸造り」で建てられました。天守は板葺き屋根の簡素な造りで、藩の財政事情を反映しています。
• 文化的意義
苗木藩は小藩ながらも一揆が起きなかったと伝わり、領民と藩の間に比較的安定した関係が築かれていました。また、城跡は現在「続日本100名城」に選定され、地域の歴史文化資源として観光・教育に活用されています。

現在の苗木城跡
• 国の史跡に指定され、石垣や天守台、大矢倉跡などが残ります。
• 天守台からは恵那山や木曽川を望む絶景が広がり、「天空の城」とも呼ばれています。

苗木城は「小藩の城」という独自の立場から、戦国の激動を生き抜き、江戸時代には地域社会を支えた象徴的存在でした。巨岩を抱き込む石垣や懸造りの建築は、自然と人間の知恵が融合した文化的遺産といえます。