日土友好に貢献する、もうひとりの日本人女性 浅野涼子

Türk-Japon Dostluğunun Gerçek Köprüsü Olan Bir Japon Kadın: Keiko Maruishi
日土友好の真の架け橋となった、ひとりの日本人女性 丸石恵子

上記は、串本トルコ協会元代表・丸石恵子さんを、シンポジウムで紹介した、当時アンカラ社会科学大学専任講師であった浅野涼子さんの講演のタイトルです。
そして、下記に、紹介内容の概略を纏めてみました。

・・・実は、誰も見ていないところでトルコと日本の友好発展に大きく貢献した方がいるのです。トルコと日本の友好がこれほどまでに大きくなったのは、この方のおかげだと言っても過言ではありません。この方がいなかったら、「海難1890」もバシャクシェヒル松桜都市病院もなかったかもしれません。何より、今日ここでわたしたちが一緒に集うこともなかったかもしれません。

この方とは、丸石恵子さんです。トルコと日本の友好が大きく羽ばたくきっかけとなったのは、恵子さんの「小さなふたつの思いやりの気持ち」でした。ひとつは「慰霊碑のお掃除をはじめた」こと。もうひとつは「串本に『ちょっとチャイを飲みながら、トルコの文化を体験する場』をつくりたい」と思ったことです。

―中略ー

串本町トルコ文化協会で長い間代表として活躍してきた恵子さんは、トルコと日本の友好の精神を次世代に伝えることができる後進の育成にあたるべく、2018年に代表の座を退きました。現在も協会を温かく見守り、サポートしてくれています。

トルコと日本の友好の発祥地として知られ、今ではトルコ以上にトルコの気分が味わえる町となった串本ですが、それは恵子さんのトルコに対する小さな思いやりの心から始まったと言っても過言ではありません。恵子さんがいなかったら、トルコと日本の友好関係がこれほどまでに大きく発展しなかったかもしれません。

トルコと日本の友好はこれからも発展し続けていきますが、恵子さんがしてくださったことを心に留めながら歩んでいけたらうれしいです。

さて、丸石恵子さんを上記のように紹介された浅野涼子さんですが、筆者に言わせれば、この方も日本とトルコを繋ぐ友好の架け橋として今も活躍されている「もうひとりの日本女性」です。是非、皆さんの心に留めておいていただきたいと思います。

 

現在、イスタンブールのボアジチ大学で日本語を教えておられる浅野涼子さんの経歴はこちらをご覧ください。
https://mlu.bogazici.edu.tr/en/personel/ryoko-asano/6642

アンカラ社会科学大学時代のインタビュー動画はこちらです。

 

 

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