荻悦子詩集より~「運河」

運河

 

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キャナールでは
何を話せばいいのか
うねらないクラリネットは
膝ほどの水位
右足がもたついて
カポックの蔭
女の人たちの名前は忘れてしまった
窓際に沈むにしても
泥の水面
運河の水はほとんど動かず
葉のまばらな木々と
電車の高架線路

藍色が恐ろしいほど深かった海水の
鮮やかな残像には
蔦がうつうつと伸びてくる
湾からコテージまで
船を入れるための運河
赤煉瓦で区画され
丘の上から見おろすと
雪の結晶の形に似て入り組んでいた
その水には
人の声に反応してまっすぐに宙へ飛ぶ
ずんぐりした魚が棲んでいた
というのは夢想だったと
動かない水が自白をせまる

いま通過する九両目
輪郭の消えた顔の渦が
影の帯となって運び去られる
遠くないビルの四階あたり
人体がたくさん裸体をさらしている
首のないのが
腹部にだけ肌着をつけている
影の帯も
数秒後それを見るだろう

濁り水の際に店を開き
キャナールと名づけた人が
それら人体の持ち主であると
動かない水が私にささやく

荻悦子詩集「流体」より

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