荻悦子詩集「樫の火」より~「蔓の午後」

ようやく秋本番といった季節になりましたが、みなさま如何お過ごしでしょうか。秋と言えば読書の秋。新宮市熊野川町出身の詩人・荻悦子さんの詩の世界に浸ってみませんか?

昨年、出版されたばかりの詩集「「樫の火」(思潮社)の中の一遍「蔓の午後」を紹介します。

蔓の午後

豌豆の花が咲いただろうか

五月になれば
きっと思い浮かぶ小さな花
赤紫の花びらが
開ききるのを拒むように向き合い

円形の葉は花より少し大きくすっかり開き
蔓の先は糸の細さでふるふる伸びる
何にでも取りつき螺旋状に伸び

あなたの午睡の枕辺まで
蔓のひげのぜんまい
楊梅のまだ小さい緑の実や
木の笛の緩い音色を絡め取っている

やみくもに先へ先へと蔓は伸び
莢の中のうす緑の丸いまどろみに憧れ
畝から畝へ
畑から古い道へ
空中で巻き合って溢れ出る

不揃いな野の石を敷いた道は遥か空へと続いて……
(子供のころ私は確かに聞いた
柴を背負って古道を下りてきた人が
この柴は「あのそら」から刈ってきたと言うのを)

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

 

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