伊勢街道巡り旅39.~「関の山」

関の山(せきのやま)」という言葉の語源は、江戸時代に東海道の宿場町、三重県亀山市の「関町」で行われていた関宿祇園夏まつりの「山車(やま)」に由来する。この祭りで曳き出される山車が狭い東海道の道筋を通る様が、これで限度いっぱいの意味で使われる「関の山」の語源になったとも言われている。物事の限界や精一杯の限度を指す言葉となった。

歴史的背景: 16基もの豪華な山車が練り歩いた「関の山車」は、江戸時代の流行作家・式亭三馬の『浮世風呂』にも記されている。

現代では、最大限の努力をしてもそこまでが限界、という意味で使用される。
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因みに、この言葉の使用例は下記のようなものであろうか。

出身地・新宮市を出てかれこれ60年になろうとしているが、熊野に対する愛は深まる一方だ。ホームページ「熊野エクスプレス」及び、週刊メールマガジン「KUMAGAZINE」を運営し、熊野に関する情報を発信し続けているが、ひとつもどかしく思っていることがある。それは、熊野に関する情報入手には限界があることだ。

1人でできることと言えば、せいぜい新宮市発行の「広報 新宮」や地元発行の新聞を取り寄せて参考に見るくらいが、関の山である。その点、地元で祭りや行事があるたびに写真を撮って送ってくれたり、レポートを提供してくれる友人がいるのはとても心強くありがたい。この場を借りてお礼を申し上げたい。

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