森本剛史の世界紀行~⑫赤道直下、聖なるキナバル山に登る

赤道直下に横たわるボルネオは世界で3番目に大きな島。ボルネオのシンボルは、東南アジア最高峰のキナバル山だ。
富士山を超す標高4101メートル。低地部は熱帯雨林地帯に属し、山岳中部地帯は温帯、山頂付近には針葉樹林地帯が広がっている。いわば地球の生態の見本のような山である。

岩肌に白いロープが浮かび上がる
午前3時。キナバル山の3353メートル地点に建てられた山小屋「ラバンラタ・レストハウス」を出発した。昨日、ここのロビー知り合ったイギリス、オーストラリア、デンマーク人たちの゛国際隊″はすでにに出発していた。キナバル山は赤道直下のボルネオの北部に位置し、正確に言えば東マレーシアのサバ州にそびえる東南アジアの最高峰。今日は、富士山よりも高い4101メートルのロウズ・ピークを目指し、頂上から日の出を眺めるのだ。

大きく息を吸い、真っ暗な世界へと一歩足を踏み出した。赤道直下でも朝方は冷える。空気が薄いせいか星が澄んで見え、手の届くような位置に輝いているようだった。地上の風景はすべて闇に溶け込んでいる。登山ガイドのガンバンさんを先頭にカメラマン、私と続く。

一歩一歩急な岩場を登っていくが、山の民カダサン族のガンバンさんは忍者のように急坂を駆け抜けるように動いていく。ガイドは野球帽に薄いジャンバー、足元には少々くたびれたスニーカー、背中には小さなナップザックを背負っている。あまりに身軽なので出発地点で彼に会ったときに大丈夫なのかと思ったが、それはまったく私の杞憂に終わった。登山ガイド歴10年、キナバル登山1000回というベテラン・ガイドだったのだ。

岩場をひとつ越すと歩みを止めて息を整える。漆黒の世界の中を歩いていると、「私」の輪郭があやふやになってくるような気がした。外界と自分の境界線はどこまでなのか。頭に付けたヘッドランプが照らしだす足元だけが私たちの「世界」のすべてであった。

と、目の前に黒く光る大きな岩肌が現れた。そこには白いロープがぼんやりと浮かび上がっている。ガイドは「このロープが山頂まで伸びているので、これを握り締めながら登っていくことになる」と説明。時には斜度が60度もありそうな岩場をクリアーすると、緩やかな白い岩肌が空に続くように広がっていた。

5時45分、東の空が少し赤みを帯びてきた。頂上までは後30分ほどのところにいる。周辺には大きな岩がゴロゴロしていた。私を巻くようにして吹いていく風。その音以外に何も聞こえない。遥か下方には淡い紫色の雲が綿を敷き詰めたように広がっていた。

目の前に「ドンキー・イヤー」と「アグリー・シスターズ」「キング・ジョージ」などの凹凸の激しい尖塔のような峰が連なっている。星は消えゆく花火のようにかすかにまばたきながら姿を消し始めた。

■金貨のような太陽が顔を出す■

 寒い。手元の温度計は10度Cだが風が吹くと体感温度はずっと低くなる。時計を見ると午前6時15分。いよいよ日の出だ。鋭くそそりた峰々の輪郭が紫色のシルエットとなって黄金色のスクリーンに浮かび上がる。上空を金と赤の微妙に混じり合った雲が流れていった。太陽が顔を出し始めた。グングンと加速度がつき天空から糸で引っ張られているように見える。

雲は金色に縁取られ、金貨のような太陽は最後の雲をかき分けニョキッと空に顔を出した。キナバル山のから眺めるボルネオの朝焼け。物音しない大自然の夜明け。昇りゆく太陽の下に、キナバル山はその美しい稜線をくっきりと現し始める。サバ州が全貌できるほどの大パノラマが下方に広がっていた。

キナバル山は4000メートル級の山の中でも最も登りやすい山だといわれている。全行程往復18キロ、標高差2300メートル。標高1829メートルの登山口から出発し、8合目のレストハウスまで6~8時間歩く。頂上まではホテルから約3時間。登山道は整備され、ベテランのガイドが付き、誰でもチャレンジできるが、富士山より高い山に登るのだから、それなりの覚悟は必要だろう。

この山の魅力はコンパクトに地球の生態が納まっていることと、多種多様な動植物が生息していることだ。麓は低地熱帯雨林地帯に属し樫や山ツツジが成育し、山岳中部地帯に入ると温帯に変わり、山頂付近に行けば針葉樹林帯が広がっている。

キナバル山には、シャクナゲ27種、シダ450種、ランは1000種類以上もある。そのなかでも特に有名なものはマウンテン・ネックレス・オーキッドだ。世界最大の花として知られるラフレシアもここにある。鳥の種類もマウンテン・ブラックバードやイエロー・ブレスト・ワーブラーなど豊富だ。

ガイドは急な坂道を歩きながら道の両側に生えている植物を指差し、これはシャクナゲ、ウツボカズラ、キナバル・バルサムなどと教えてくれる。「カダザン族はこのココレグという植物を擦り傷に塗るんだ」などという話もしてくれる。

日本からはサバ州の州都コタキナバルまでの直行便も飛んでいるし、シャングリラ系の豪華リゾート(タンジュンアル・リゾートとラサリア・リゾート)もある。また、最近はコタキナバルには新しいハーバーを含んだ一大リゾートエリアが完成、ステラー・ハーバー・リゾートやパン・パシフィック・ホテルがオープンした。また、郊外にはゴルフ場と隣接したリゾートもある。ボルネオはこれから注目したい東南アジアの秘境のひとつである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です