森本剛史の世界紀行~⑦大迫力のブラジル紀行

世界最大の大湿原パンタナルと、世界三大瀑布のイグアスの滝

  日本の23倍の面積を有する、大国ブラジル。 日本の真裏に位置するブラジルには、迫力ある大自然が息づいている。そのなかでも、ボリビア国境に近いパンタナルの大湿原、4キロの滝幅を誇るイグアスの滝は圧巻だ。豊かな水が造り上げた大自然のドラマに接すると、心までも大きくなる。

人間を野性に戻してくれる、世界最大の大湿原 パンタナル

大きな湿原の上空には、濃淡さえ見つけることができない青一色の空が広がっていた。太陽は強烈な日差しをさらに鋭く研ぎ澄ます。やや離れたところに立つ1本の木はイッペイといい、鮮やかなピンクの花が青空に映える。

馬は一列になって湿原の中に入っていった。再度、背筋を伸ばし馬のリズムに体を合わせる。突然「タシャン、タシャァン」という大きな鳴き声。「パンタナルの番人」と呼ばれるタシャン(カンムリサケビドリ)が警戒の鳴き声を発したのであった。熱帯の植物が映る水面はガラス板のように硬質の光を反射している。馬の脚が水を蹴るたびに飛沫があがり、逆光の中で雫が踊る。動物世界へ入っていく、この高揚感。

20メートル前方で、餌を食んでいた白色のトゥユユー(スグロハゲコウ)が驚いて飛び立った。羽を広げると1.8メートルもある。首の周りの赤い縞が襟巻きのように可愛い。ケロケロと鳴くケロケーロ(チドリ科)や、ハスキーなインコの声。しばし鳥たちが奏でる天空の音楽に耳を澄ます。乗馬は、ジャングルクルーズやピラニア釣りと並び、パンタナルを代表するアクティビティだ。

パンタナルは「大きな湿原帯」という意味で、ブラジルの西側、ボリビアとパラグアイの国境地帯に広がる世界最大の湿原地。パンタナルの面積は23万平方キロ、日本の本州ほどの面積を有しているというから、その大きさが分かるだろう。まさにブラジル語で「オーパ(驚きの感嘆詞)」と叫びたくなる。

パンタナルでは、特に水が湧いているわけでもなく、年間降水量も平均800ミリと少ない。ところが雨期(10月~3月)になると四方の高原から雨水が一気になだれ込んでくる。排水を担うのはたった1本のパラグアイ川(ラプラタ川の上流)のみ。そのために毎年氾濫することになる。

しかし乾期(4~9月)になれば元の盆地に戻り、天然の草原が広がる。その年の雨量の流入量と乾期における沼地と草原の面積の割合に応じて、パンタナルの植生や動物相に変化が生まれる。このことが世界でも有数の生態系たるゆえんだ。水を主役とする生命サイクルのドラマが毎日繰り広げられている。

確認されただけでも、魚類270種、爬虫類160種、哺乳類90種、鳥類に至っては700種も生息している。野生動物の生息密度は世界最高だ。

馬はゆっくりと沼地を進む。遠くの空にコンドルが大きく旋回している。目だけ水面に出したジャカレー(ワニ)も見える。樹木の間を抜けて吹いてくる風に生命の息遣いが聞こえるような気がした。

夜、ふと空を見上げると、幾千幾万の光点に射すくめられた。ホテルに隣接する牧場から向こうの地平線にかけて天空を横切る淡い光の帯、ミルキーウェイ。空には大きな北斗七星が広がり、南十字星がゆったりと浮かんでいる。まるで私のために輝いてくれているような錯覚。地球の裏で星空を眺める悦楽。

朝と夕にパンタナルは壮大な自然のドラマを演じるといわれるが、深夜もまた人を圧倒的な感動に誘い込む。サウンド・オブ・サイレンス。地酒ピンガの酔いが心地よい。

―――旅の感激は飛行時間に比例する。星空にたたずみながら、この言葉を実感した。

世界三大瀑布のひとつ。圧倒的な存在感

 イグアスの滝

ドドドォー。

80メートルほどの高みから現れた薄茶色の水が、白い水が、圧倒的なエネルギーを爆発させて、覆いかぶさるように大地に襲いかかる。滝壺からは絶えず湧き起こる濃い水煙は風に巻かれて滝の上空まで駆け上がり、空の白雲とつながっているように見えた。

鼓膜を揺さぶり、体全体に響いてくる重厚な大音響。凝視していると、水が逆に天空に向かって上昇している錯覚に陥ってしまうほどだ。

ブラジルとアルゼンチン、パラグアイの3カ国にまたがって広がるイグアスの滝。イグアスとは、インディオたちの言葉で「巨大な水」という意味らしい。高さでいえば、華厳の滝ほどの300を超える大小の滝が大瀑布を形成し、滝の幅は総計すると4キロにもおよぶ、という。

この世界三大瀑布のひとつであるイグアスの滝は、滝の幅で世界一。ナイアガラの滝は水量で,アフリカのビクトリアの滝は高さで世界一を誇る。かつてイグアスを訪れた米国のルーズベルト大統領夫人が「可哀想な私のナイアガラよ」と嘆いたという。このエピソードからも、いかにイグアスの滝のスケールが壮大か、うかがい知る事ができるだろう。

整備された遊歩道を歩いていくと、濁流が渦巻く川の中央部に向かって鉄の橋が延びていた。やっと人がすれ違えるほどの細い橋の先端が展望台になっている。雨のような水飛沫が襲ってきた。光が差すと滝の中腹から滝壺にかけて虹がくっきりと浮かび上がる。鮮やかな弓形。大自然の中の鮮やかな虹色は見る者をほっとさせる。

展望台の左側に広がる、綿を積み上げたような巨大瀑布。これが有名な「悪魔の喉笛」だ。ブラジル川の最深部に位置し、イグアスの滝の中でも圧倒的な迫力を誇っている。他の大きな滝には、聖母マリアの名をはじめ,聖人の名前が付けられているが、それに対抗するかのように、どうしてこのような不気味な名前を付けたのだろう。

水。それが上から下へと落ちてくる。ただそれだけのことなのに理屈ぬきに感動する。イグアスのように大きな滝ならなおさらだ。滝壺に近寄り、飛沫を浴びるとエネルギーが湧いてくるような気がするのは、私だけではあるまい。いわゆるマイナスイオンの効用か。

遥か頭上から落ちてくる「巨大な水」の轟音。体の芯にまで届いたその余韻は、帰りのバスに乗っても私の耳の奥でドドドォーと響き続けた。

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