十男の母🈡 ほろ苦クリスマス

私が小1、7歳の時のクリスマスの夜のことだ。夕食後、2歳上の兄と口論していた。

「サンタクロースがいると思ってるのか」
「いるよーだ。サンタは絶対いる」
「どこにいるんだよ」
「そりゃ、今はいないけど……とにかくサンタはくるの」

というようなことだったと思う。

私は「いる派」だった。いない派の兄と「じゃ、プレゼント入れ用の靴下を置いて寝て証明しよう」ということになった。就寝前に土間に靴下を置いた。サンタが靴を脱がずに簡単にプレゼントを置ける場所はそこしかない、と思ったから。わくわくドキドキ、眠れぬ一夜がすぎた。

翌朝、期待に胸を膨らませ靴下を見ると……前夜の〝寝そべった〟状態のままだった。大きなプレゼントが入っている様子はない。だが「諦めるのはまだ早い」僕はゆっくり、靴下をさわった。だが期待外れに終わった。やはり何もない。「サンタも誰も来なかった……」僕は涙が出そうになった。「えーい、クソ―!」と悔しいあまり、持っていた靴下を板床に放り投げた。その時、靴下が「コン」と音をたてた。

靴下の中に何か入っている。「なんだろう?」恐る恐る中身をよくみると硬貨十円玉が一枚、入っていた。
僕は「サンタから欲しいのはプレゼントだ。こんなお金なんかいらん」と再び靴下を投げ捨てた。その時、母は黙っていた。子ども心ながら母が何か情けなさそうな顔をしていた、目に涙のようなものもあった。その時点でもサンタの正体が僕にはわかっていなかった。

 サンタがいる、いないで口論し、靴下を置く僕たちを見て母は急きょ、プレゼントを探したのだと思う。農作業が終わった冬の夜、プレゼント調達など田舎でできる訳がない。迷った母は夜、そっと十円玉をいれたのだろう。クリスマスプレゼントなど、それまで、もらったこともない、したこともなかった明治生まれの母の一生懸命考えた末の初めてのクリスマスプレゼントだったのだ。

「悪いことをした」「母さん、あの時はごめん」

母を悲しませたクリスマス。母が旅立って今年で16年。毎年、クリスマスがくるたびに世間のお祭り騒ぎと別に私には、ほろ苦い“懺悔”の日になっている。

(吉原和文)

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