十男の父②子だくさんの原点 

11人の子の親だから、ボクの父はさぞ筋骨隆々、逞しく精悍な男!さにあらず、ごく普通の農家の親父だ。ただちょっと寂しいおっさんずライフだ。

明治末の農家の長男だ。両親(ボクの祖父母)は男2人を生んだ後、離縁した。子供は男親が引き取った。ボクの父が10歳の時、実家に帰っていた実母は31歳で亡くなった。祖父はその2年後、後添え(継母)をもらい4男1女をもうけた。父と弟は次々に生まれる異母弟や妹とともに育つことになる。身よりは3歳下の実弟だけだった。

実母を失い孤独の寂しさに耐えた力が、その後の父の人生を形成したのかもしれない、とボクは思う。「夫婦、親子、兄弟は多くて仲良いのが一番だ」が口癖だった。幼い頃に抱いた母への思いは後々の「11人の子だくさん家庭」への伏線になったのかもしれない。

父は酔っては大好きな「星影のワルツ」を歌った。だが晩年は、時々涙目になっていた。「別れることは辛いけど…」「一緒になれるしあわせを二人で夢見た…」父にとってはこの歌は恋人を想う歌ではなく、幼い弟と想い続けた実母の面影ではなかったか。

父の還暦祝いを(我が家で)催したのは我々子供が主ではなく、父が仲人を務めた五十数組みの“子供たち”だった。100人以上の大宴会で学生だったボクは、その夜の宴は「まるでお祭り」と記している。世話好きで他人の面倒をよく見た証左だろう。

平成5年(1993年)7月7日、父は85歳で亡くなった。その朝も牛用の草刈りをしていた。夕方、ひと風呂浴びていつもの夕涼み中に台所から母が「ごはんですよ」と声をかけたが返事がない。母が部屋を訪れると静かに眠っている父を見つけた。急性心不全(医師)だった。

75年前に星になった実母と七夕の夕べに再会し「星影のワルツ」を歌っていたに違いない。生前ピンピンコロリができたらいいな、と言っていた。幼い時の辛苦と大人になっての面倒見の良さをお天道様が見ていて願いを叶えたのかもしれない。

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