想い出~親父のやさしさ(上)

昭和33年栄光の巨人軍に入団以来、日本人の心を鷲掴みにしてきたミスター・プロ野球、長嶋茂雄が大好きです。和歌山県新宮市、田舎で生まれ育った私は、当時、家にまだテレビがなくラジオにかじりついてその活躍ぶりに胸をワクワクさせていました。

そのうち、近時のお金持ちの家(木材会社経営)でテレビを見せてもらった時に画面から伝わって来たあの躍動感は他の選手とは全く違ったものでした。今でもたまに当時の白黒映像を見ることがありますが、やはり長嶋(当時はまだ「長島」)一人だけ輝いて見えるのです。

小学校時代は明けても暮れてもソフトボール。少年野球チームはまだなかったですが、学校ではクラスで、帰宅後は近所でチームを作っていました。ピッチャーで4番バッター、YGロゴの帽子をかぶっただけで長島になったつもりでいました。この時、ガキ大将(原君)に3番サードをやらせていたのは阿吽の呼吸。

実況中継は、澄んだ声が印象的な志村 正順アナウンサー解説は「何と申しましょうか」で有名な小西得郎。いつもこの二人のモノマネをしながらプレーしていました。この二人の声は今でも耳に残っています・・・。

つづく・・

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