ヤタガラスのお気楽闘病記13~宣伝部長になる

期待していたドトールのフリーWi-Fiがないことにがっかりして、それならばと「ハイムのひろば」を宣伝し始めて直ぐのことでした。ひとつの偶然が待ち構えていました。

病院というところは、人が大勢集まりますが決して明るく楽しいところではありませんよね。みんな身体のどこかが悪くてその治療に来ているのですから当然のことです。でも、そこで働く看護師さんの多くが患者さんに対してかける言葉はいつも明るいです。ただでさえ暗くなる雰囲気を少しでも明るくしてあげようといういたわりの精神なのでしょう。もし「看護師のこころえ」などという本があったら、第1条はきっと「患者さんの気持ちを労わって少しでも前向きに過ごせるように努力しましょう」とでも書いてあるのでしょう。

おはようの挨拶から始まって天気の話と続きます。お互いに無理に話につき合う必要はありませんが、患者の方から話しかける話題には大抵つき合ってくれます。今回、病院で「ハイムのひろば」についてこんなに話をするとは思っていませんでしたが、きっかけは一人の療法士さんとの出会いでした。

手術の翌日、20代半ばの若い療法士さんが部屋に訪ねてきてパズルのような問題をいくつかやらされました。4つ目まではスイスイとクリアしていきましたが、最後の問題では少し時間がかかり苦労しました。普通の人がやればあまり時間をかけず問題なく出来るものなのでしょうができなかった自分に悔しい思いをしました。やはり脳のどこかに影響が出ているのでしょうか。

少しずつ回復していくから大丈夫ですよと慰められながら、世間話になりました。「お仕事はどんなことをされていたんですか」と聞かれて現役時代のことを少し話しかけた時、一瞬、まてよと話の内容を切り替えました。つまり現役時代の本来の仕事とは別の仕事を少ししていたこと、そしてそれは今も続いていること、さらに仕事としてではなく同じマンション在住の仲間たちと一緒にボランティア活動としてホームページ作りをやっていることを話しました。

「ハイムのひろば」の活動を説明し始めると、驚いたことにこの若い療法士さんがホームページ制作に詳しいことがわかったのです。HTMLやWordPressという言葉も説明の必要なくすんなり通じるではありませんか。驚いたのはこちらだけではなかったようで、その後いろいろな質問が飛んできました。70歳も超えたであろう爺さんがそんなことを生き生きとやっていることが不思議だったのかもしれません。

その後の会話の様子は初対面の時とは打って変わり、以前からの知り合いのような雰囲気になりました。毎日一回会うのが楽しみにもなりました。入院延長で1週間余分に会うことになったのですが、最後には、研修生の相手を頼まれました。大学病院なので、学生が単位を取るために研修を受けに来るそうです。特別のことをする訳ではありませんが、これも、この療法士さんと仲良くならなければなかったこと思いますので珍しい経験になりました。

最後に、PCを入れたカバンにたまたま一部残っていた「ハイムのひろば新聞創刊号」を彼にあげました。
と同時に思いました。
・・・この療法士さんに”第2号”をあげることになどならないようにしなければ・・・と。

ヤタガラス

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