伊勢街道巡り旅40.~銘菓「関の戸」

三重県亀山市・関宿 の銘菓 「関の戸」 は、東海道の宿場町として栄えた関宿を代表する和菓子で、やわらかな求肥餅の中に滑らかなこし餡を包み、表面に和三盆糖をまぶした餅菓子である。素朴ながら上品な甘さで、400年以上愛され続けている歴史ある名物だ。

見た目はとてもシンプルだが、求肥の柔らかさ、こし餡のなめらかさ、和三盆の上品な甘みが絶妙で、“素朴なのに気品がある” のが最大の魅力。一口で食べられる大きさなので、お茶請けに非常に合う。特に抹茶や煎茶との相性が抜群だという。

また、かつてJALのファーストクラスで提供されたことで、その名が全国に広まった。一般的な「関の戸」は、こし餡を求肥で包み、和三盆をまぶした一口サイズのものだが、JALのファーストクラスでは特に、石臼で挽いた伊勢茶(緑茶)をふんだんにまぶした「お茶の香 関の戸」が、その深い渋みと控えめな甘さから好評を博した。

名前の由来
「関の戸」という名前は、関宿の東西にあった「関所の門(戸)」に由来すると言われている。鈴鹿関は古代から交通の要衝であり、東海道の宿場町としても重要な場所だった。つまり、「関の戸」= 関所の門を表す菓子という、土地の歴史にちなんだ名前なのだ旅人が行き交う宿場町の名物として、この名がふさわしかったのであろう。

400年以上続く老舗の味
関の戸を作り続けているのは、関宿の老舗和菓子店、深川屋陸奥大掾(ふかがわや むつだいじょう)、創業は江戸時代初期の1640年頃(寛永年間)と伝えられている。当時、東海道を旅する人々や大名行列の休憩の際に供され、旅人の土産、大名への献上品として人気を集めた。徳川家光に献上したという伝承もあり、由緒ある銘菓として知られている。

関宿との深い関わり
関宿は、江戸時代に東海道五十三次の47番目の宿場町として栄えた。そして、東海道五十三次 の旅人たちにとって、関宿は伊勢参宮へ向かう重要な中継地だった。その旅人たちが、「関宿に来たら関の戸」として買い求めたのが始まりだ。つまり関の戸は、宿場町文化が生んだ旅の銘菓なのだ。これは赤福が伊勢参宮と結びつくのと似ている。

関の戸が有名なのは、ただ美味しいだけでなく、江戸初期から続く伝統銘菓ということで歴史があること。旅人や大名が味わった“街道の味”として東海道の名物だったこと。和三盆の優しい甘さで、何個でも食べられる上品で飽きない和菓子であること。特に和三盆の風味は繊細で、普通の砂糖では出せない上品さがあり茶席菓子として優秀であったこと。小ぶりで上品なため、茶道の席でも好まれた。

深川屋陸奥大掾本店は歴史ある町並みの中にあり、関宿観光の楽しみの一つとなっている。また、通常の関の戸だけでなく、黒糖風味や季節限定品などもある。

関の戸の魅力を一言でいうとすれば、「東海道の旅情を今に伝える、上品で素朴な宿場の銘菓」といったところか。派手さはないが、歴史・土地・味が一体になった、まさに関宿を象徴するお菓子である。

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