熊野の民話~「三体月」
ある時、ひとりの猟師が山で大きなイノシシを見つけたんや。
こんな大きな獲物を逃してはならんと、気合いを入れて矢をふりしぼった。
矢はイノシシの腹を見事に射抜いたが、死なん。イノシシはポタポタと血を流しながら山の奥へ走って逃げて行ったので、猟師も必死に追いかけて行った。
大斎原(おおゆのはら)まで来たら、イノシシはイチイの木の下で倒れこんどった。
くたびれ果てた猟師も、もう動けん。そこでイノシシの肉を食べて眠りこけてしもたんやな。
そのうちあたりは真っ暗になって、猟師もやっと目が覚めた。
ふと頭の上を見上げたら、木の枝の先に三枚の月がひっかかってる。
こりゃ何ごとやと、びっくりするわな。
猟師は月に向かって聞いた。
「なぜ、ここに掛かっているのや」
すると月はこう答えた。
「われは熊野三所権現なり」
わしは熊野の神さんや、と言うたわけや。
びっくりした猟師は、そこに祠を建てて熊野権現を祀った。
それがのちに熊野本宮大社になったんやよ。
(出典:「みちとおと」~熊野の伝説より)
イラスト:ひろのみずえ 再話:北浦雅子 伝説の地:和歌山県田辺市本宮町大斎原 参考資料:『和歌山の研究 第五巻』安藤精一 編 昭和53年 清文堂出版,『熊野の神々の風景』松原右樹著 2012年 松原右樹遺稿刊行会 他 (付記)615年の創建と伝えられる熊野本宮大社は、かつては熊野川と支流の間にある中州の上にありました。しかし明治22年の大水害で流されたため、新たな社殿は熊野古道沿いの高台に再建されました。三体月の伝説を持つ旧社地、大斎原には祠が祀られて、現在も神聖な地として大切にされています。 |