熊野の民話~「小栗判官」

小栗判官(おぐりはんがん)は、京都の二条大納言、兼家のひとり息子で評判の美青年。ある時、深泥ヶ池(みぞろがいけ)を通りかかった小栗は、美女に化けた大蛇と出会い、うっかり恋に落ちてしもた。兼家はたいそう怒り、小栗を常陸の国(茨城県)に追放したんやと。

常陸の国にやってきた小栗は横山大膳の娘、照手姫の美しさを耳にして手紙を書き送った。照手からも返事が届いたんで気をよくしたんやな。強引に照手の屋敷へと押し掛けて、二人は勝手に結婚してしもた。

それを知った照手の父親はえらいこと怒ってしもて、小栗を毒殺した。他人の息子を殺したからにゃ、自分の娘も生かしてはおけん。「姫を淵にしずめよ」って息子らに命じた。

そやけど照手は死なんかった。相模川を流れて、海辺で倒れているところを漁師に助けられた。そこで、ほっとしたのもつかの間。漁師の妻に憎まれて、各地を点々と売られていくことになる。

一方、小栗は地獄に落ちたんやが、えんま大王のはからいでこの世に戻される。無惨な姿で墓から這い出てきた小栗の胸には「この者を熊野の湯に入れよ」と札がかけられていた。

それを見た藤沢(神奈川県)遊行寺の僧侶が「この者を一引きひけば千僧供養、二引きひいたは万僧供養」と札に書き足し、餓鬼阿弥(がきあみ)と名付けて土車に乗せた。

札のおかげで人から人へ、小栗を乗せた土車は街道を運ばれていく。

ちょうどその頃、照手は美濃国(岐阜県)の青墓で、遊女宿の女中として働いていた。遊女になることを嫌がって、しんどい下働きを選んだのやな。その日もつらい水仕事をしていると、おもての通りから「えいさらえい、えいさらえい」と掛け声が聞こえてきよった。

通りを覗いてたら、土車に乗せられた哀れな餓鬼阿弥。まさか夫の小栗やとは照手も気づかん。それでもなんでか心をゆさぶられ、「わたしも土車を引こう」と思い立った。

そして「えいさらえい、えいさらえい」と掛け声をかけながら、一生懸命に引いていった。途中、いろんな人が代わりに引いてくれたり、小栗をおぶって川を渡ってくれたりしたそうや。

そして四百四十四日目。ようやく熊野の湯の峯にたどり着いた。小栗が霊験あらたかな壺湯につかると、七日目に目が開き、十四日目に耳が聞こえ、二十一日で口がきけるようになった。そして四十九日後には、元の美しい青年に戻ることができた。照手が引いてきた土車は、いらんようになったから温泉の近くに埋めた。

そうして二人は常陸の国に帰って、仲睦まじく暮らしたんやて。
めでたかりけり。

(出典:「みちとおと」~熊野の伝説より)

※ この記事は「小栗判官」の伝説を要約したものです。
イラスト:ひろのみずえ
再話:北浦雅子
伝説の地:和歌山県田辺市本宮町湯の峯
参考資料:『ガイドブック小栗判官物語』平成22年 安井理夫 著 他

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