有田川に堤防を築いた望月太左衛門

teibo江戸時代の初め、有田川流域の村々は毎年のように起きる洪水に悩まされていました。紀州藩の有田郡奉行であった望月太左衛門は、藩の命令で有田川洪水の被害をなくすため、河口付近で堤防をを築く工事を始めました。

水を通しにくい赤土を堤の底部に使い、高さ約8m、上部の幅約4m、長さ約120mの新堂横堤を完成させました。しかし、工事費は藩の決めた予算をはるかに超えたので、1638年、太左衛門はその責任を取って自害しました。

村人は、太左衛門の功績を讃え、社を築いて神として祀りました。新堂横堤は、その後、昭和時代半ばまで300年近く村々を災害から守り、現在はコンクリートの堤防に改修されています。

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