和歌山県の民話・伝説④キツネと山伏
むかしむかしあるところに、金剛院という山伏がおりました。いつもえらそうな顔をして、一本歯の高下駄でのっし、のっしと歩きまわっていました。ある日、用があって隣村まで行くと、村の入り口にある木の下で、キツネが一匹いびきをかいて寝ていました。
金剛院は、鬼瓦のような顔つきをしているくせに少しおっちょこちょいだったので、「ちょっと驚かせてやろう」と高下駄を脱ぎ、抜き足、差し足、キツネの側に近づくと腰の大ほら貝を耳もとにつきだして、いきなり「ブオーッ」とばかり吹き鳴らしました。
キツネはびっくり仰天。あっちの木にぶつかり、こっちの草むらに転げ込み、命からがら逃げて行きました。「うわっはっは、おっかし、おっかし」キツネの慌てように、金剛院は腹を抱えて笑い転げました。
それから十日ほどして、山のお寺で山伏たちの集まりがありました。方々の村からやってきた山伏たちが、二人三人と連れ立って山道を登って行くうちに、「あれ?」一人の山伏が、急に立ち止まって、仲間の山伏に目配せします。
見ると、向こうの崖の下でキツネが一匹、頭の上に葉っぱを乗せたり、草のツルを体に巻きつけたりしています。やがてキツネはぬうっと、人間みたいに二本の足で立ちあがりました。そして、ぱちくり、ぱちくり、ぱちくりと三回瞬きをしました。とたんに、キツネの姿が消え、そこに金剛院が立っていました。
金剛院は、えらそうな顔つきで、のっしのっしと歩いていきました。それを、ぽかんと見ていた山伏たちは、急に夢から覚めたみたいに、
「ひゃぁ、化けよったぁ」
「さてはキツネめ、金剛院になってわしらをだまくらかす気じゃろ」
「おのおのがた、ゆだんめされるな」
がやがやしゃべりながら、山伏たちが山のお寺に着くと、金剛院のほうは、もうとっくに本堂に座り込んで、ゆうゆうとお茶を飲んでいます。
「やぁ、金剛院どの、お久しぶりでござる」
山伏たちはちらっと目で合図して、ぞろぞろ本堂に上がり込み金剛院を取り巻くように座りました。
「おや、こんなところに木の葉がついてござる」
そういいながら、一人の山伏が金剛院の尻のあたりをさぐりました。すると、もう一人の山伏は、
「おやおや、ここに糸くずがついてござる」
と、金剛院の耳をつかんで、力まかせに引っ張った。金剛院は飛び上がりました。
「い、いてて・・・。なにをするのじゃ」
すると、今度は別の山伏が目をむいて怒っている金剛院のダンゴ鼻をつまんでグイッとひねりあげた。
「ほ、ほのれら!乱暴ふるふぁ!」
おのれら、らんぼうするなと言ったつもりだが、あいにく、ダンゴ鼻をつかまれているので、何を言ったのか山伏たちにはわかりません。
「やっぱり、キツネじゃ!」
いうなり、山伏たちは、わっと金剛院に跳びかかって、ぽかぽか殴りつけ、縄でぐるぐる巻きにしてしまいました。
「やい、キツネめ、しっぽを出せ!」
「お前に化かされるような、まぬけなわしらではないぞ・・・。ええい、まだ正体を現さんか。ほんなら、今度は、南蛮燻しじゃ!」
山伏たちは金剛院を宙づりにすると、その下の火鉢に青い松葉をたくさんくべて、じゃんじゃん燻しはじめました。
「うわぁ、ごほん、ごほん・・・ぐえっ」
目をしろくろさせて金剛院はもがきました。青松葉の煙がもくもくと立ち上って、目に入っては、ぽろぽろ、鼻に入っては、ごほんごほん、咳と涙とくしゃみと鼻水が一緒に出てきます。
「たふけてふれぇ!」
それでも山伏たちは、キツネが化けていると思いこんでいるから、手加減はしません。
「それぇ、松葉をくべろ!」
と火鉢に松葉を投げ込んでいきます。おかげで金剛院は目を回してしまいました。
気を失ってしまった金剛院が、キツネに仕返しをされたほんものの金剛院だと山伏たちが知ったのは、だいぶんたってからのことでした。おしまい。
(八咫烏)