「絵本 FOU」

美術的な才能にも恵まれていた佐藤春夫は、ほんの装丁、本造りにもなみなみならぬ関心を抱いていた作家でした。主人公の画家マキ・イシノのフランス・パリでの暮らしぶりをややメルヘンチックに描いた作品が『FOU 一名「おれもさう思ふ」』です。「FOU」は「狂人」の意味です。

1926(大正15)年1月の「中央公論」に発表されたもので、モデルとされるのは、やがて関口町の春夫の自宅を設計する大石七分です。西村伊作の弟で、大杉栄とも深交がありました。叔父の大石誠之助が「大逆事件」で刑死し、大杉も関東大震災後の混乱で虐殺され、国家権力の横暴は七分の精神をも蝕ませ、フランス・パリへの逃避、そこでの奇行が題材となっています。しかし春夫は、「邪気のない笑顔」「優雅で柔和な紳士」として、天賦な才能を有する芸術家としての愛着を持って描いています。

1936(昭和11)年4月版画荘から「絵本 FOU」として刊行されますが、谷中安規がその装丁、挿絵を担当、イラスト12点、手刷りの木版画16葉は、表情豊かな女性像の数々、孔雀やエッフェル塔を巡って上っていく自動車、さながら谷中の自由な世界を奔放に花開かせえています。春夫が「はしがき」で「谷中は僕のカンナ屑を化して花びらにし、僕の小石を拾ってパンにしたー」と、絶賛しているのももっともなことで、春夫は本造りの醍醐味を満喫していたはずです。

【出典:佐藤春夫記念館・企画展「谷中安規と佐藤春夫」】

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